手をつないでも、戻れない……
「美緒、演技下手でしょ?」


 急いで着替えを済まして、店へ戻ろうとした時。

 カウンターに座る彼に話かける、コウちゃん声に足を止めた。



「まあ…… でも、必至で痛痛しくて……」


「もう、随分前だけど、美緒が失恋してかなり落ち込んでいた事があったの。その時、この店も始めたばかりで人手が足りなくて、美緒にバイトを頼んだのよ」


「えっ。美緒がここでバイト?」

 彼は、驚いたように、コウちゃんの方へ目を向けた。

 コウちゃんは、透き通った色のカクテルをグラスに注ぐと、彼の前に出した。


 彼は、軽く頭を下げる。


「美人だけど、色気が無いし。演技力も無いのよね…… 本当、この仕事が向いてないと思ったわ」

 コウちゃんは、ため息をつきながら言った。


「でしょうね……」

 彼は、グラスを口に運んだ。



「だから、美緒が助けて欲しいって店に飛び込んで来た時、どうなる事かと思ったわ」


「すみません…… ご迷惑おかけして」

 彼は、頭を下げた。


「あら、いいのよ。美緒の顔、前に振られた時と同じ顔していたわ。もしかしたら、同じ相手なんじゃないかと思ったのよ」

 コウちゃんは、伺うように彼を見た。


「多分、そうでしょうね……」


「私、こんな仕事やっているし、今の時代、不倫だとか、バツイチだとか、別に驚かないし軽蔑もしない。だけど、美緒がこれから、世間の目とか辛い思いをするんじゃないかと、少し心配なの。
 あなた、本気で美緒を守ってくれるのかしら?」


 コウちゃんの声は、少し厳しく聞こえた。
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