手をつないでも、戻れない……
 あれから、数か月が過ぎた。


「いってらっしゃい」

 私は、出かける彼に向かって言った。


 今日は、彼の奥さんが、東ティモールに発つ日だ。

 二人の離婚もすでに成立していた。


 娘さんと三人で食事をするらしい。



 奥さんとは、あれから一度も会っていない。

 でも、何故だか、奥さんに対して穏やかな気持ちしかなかった。


 多分、奥さんと私とでは、彼への愛し方も、愛の形も違うのだと思う。

 それを皆が分かっている気がする。


 だから、彼が家族と会う事に対して、少しの不安も嫉妬も無かった。


 娘の由梨ちゃんの事も、彼はすごく心配していたが、子供というのは親が思うより自立出来ているものなのだろう。

 以外に、私とも気軽に接してくれて、今では、妹のような、女友達のような関係だ。

 彼にはとても話せない、恋愛話までしてくる。

 それでいいいと思う。

 けして、由梨の母になろうとは思っていない。

 いつでも、話が出来る存在でいい。



「ああ、行ってくる」


「あっ。ちょっと待って」


 慌てて私は、下駄箱の上に置いてあった小さな袋を渡した。


「なんだ?」

 彼は、不思議そうに見た。



「お守り…… パワーストーンなの。危険な仕事だと思うから、渡して欲しいの」


「ああ、ありがとう」

 彼は、少し驚いたようだったが、ほほ笑んで受け取った。



 喜んでもらえるとは思っていない…… 

 でも、奥さんの無事を心から祈っている……


 あの時の、助けたくれた看護師だと知った時は驚いた。

 だけど、彼女が彼の奥さんで良かったと思う。

 本当に、すばらしい看護師だと思うから……


 彼は、振り向くと、私の頬を片手で包み、唇を軽く重ねた。

 そして、私の手に、何かを置いてギュッと握った。
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