手をつないでも、戻れない……
 彼女は、俺との関係を、飲み屋の女と客という事にしようとしているのが分かった。


 もう、俺にはそんなごまかしは必要ないのだが、必至な彼女を見ていると、一生懸命俺を守ろうとしている姿を壊してしまうのは残酷な気さえしてしまう。


「それじゃあ、主人は、ただの客と言う事かしら?」


「勿論。どうして誤解されなきゃならないのか分からないわ」


 彼女が呆れたように言ったその時、トレーに乗ったコーヒーが運ばれてきた。

 チラリと俺を見た友人の何か言いたげな顔が気になるが、彼も信用出来る奴だ、大丈夫だろう。


 お互い、コーヒーカップを手にする。


「どうしてかしらね…… 何故か主人が誰かを大切に想っている気がしたの…… それが、どんな人なのか見て見たかっただけよ……」


 妻の穏やかな言葉に、彼女の目が一瞬だが、大きく動いたのが分かった。


「私には関係の無い事だわ。誤解されていい迷惑よ」


「そう…… じゃあ、主人の事はなんとも思っていないという事でいいのかしら?」


「ええ、勿論よ。私も誤解されると困るので」

 彼女は意地でも曲げない気だ。


「もう二度と会わないで欲しいって言ったら?」

 妻が、彼女の顔を伺うように見た。



 だが、彼女は妻と目を合わせないまま口を開いた。



「仕方ないわね…… 客が一人減るのは残念だけど……」


 よくここまでセリフを返せると感心してしまうが、彼女は必死なのだろう。

 堂々とした言葉とは裏腹に、彼女の手は微かに震えている。


 その姿に、俺の胸はジーンと熱くなった。


 どこかで、本当の事を言わなければ……


「もう……」

 と、俺が口を開こうとすると、彼女が言葉を遮るように声を上げた。


「もう、いいかしら! 私も忙しいのよね」
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