手をつないでも、戻れない……
「ごめんなさい、お時間とらせて…… これでも私達、十五年間夫婦としてやってきたの。誰かに土足で入られるのは決していい気がするものでは無いのよ」

妻の冷静な口調は、家族を大事に思って来た事と悔しさが伝わってくる。


 彼女にとっても、キツイ言葉だったに違いない……


 それでも俺は、彼女を選ぶ事に迷いはしなかった。



「……」


彼女は、言葉を失い、泣きそうな顔を必死で引きつらせているのが分かる。


「でも、あなたみたいな、軽い女なら気にすることもなさそうね……」



「ふんっ! 悪かったわね……」


彼女の必死な演技だ……

これ以上、こんな痛々しい演技をさせておくのは俺が限界だった。


 
 そして、妻の言葉は、俺の胸にも深く突き刺さった。


 「ただ、主人が、十五年間別の女性を想っていた気がしただけなの……」

 
 妻は、どんな思いで彼女に言ったのだろうか?




 彼女の動きが止まった。

 
 それでも彼女は、何かを振り切るように言葉を発した。



「私には関係ない事だわ!」



 彼女は、妻の目を見る事なく席を立った。



「本当に、そんな簡単な事なのね…… 私がバカみたいだったって事かしら?」


 妻は、納得したというより、何か言いたげに俺を見た。



 そして、彼女も俺の方へ目を向けた。


「愛されているって事でしょ? さようなら、羽柴さん……」


 彼女は、なんでもない事のように、クルリと背を向けると、テーブルから離れて行こうとした。



「おい!」


 このままではマズイ、慌てて追いかけようと立ち上がったが、


「待って! まず、私との話が先じゃないの」


 妻の冷静な言葉に、俺の足は止まった。
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