手をつないでも、戻れない……
 確かに、このまま追い掛けたとしても、彼女の気持は変わらないだろう。

 まずは、きちんと妻と話をしなければならない。


 俺は、妻と向き合うように移動して座った。


 しかし、妻は何かを考えているようで、少し上を向いて黙ってしまった。



「彩香……」

 俺は覚悟を決め、妻の名を呼んだ。



 しかし、俺の声は届かず、


「あっ!」

 突然、妻は声を上げ俺を見た。


 妻と重なった目に、俺は始めて妻と向き合った気がした。


「どうした?」


「ずっと、どこかで見たことあると思っていたのよね? 
 彼女、どこかの福祉施設で働いているでしょ? 一度、うちの病院で会った事があるわ。本当にいい支援していた…… パニックになっている人と、きちんと向き合って、信頼関係がなきゃ、とてもあんなふうに落ち着かせる事はできない。すごい人だと思った」



 妻が女としてではなく、看護師の目線で彼女を認めているのだと感じた。


 俺は、そんな妻を、人として立派な奴だと認めざるお得なかった。


「おまえ…… 分かっていたのか?」


「私だって、これでもあなたの妻よ。あなたが、軽い女と遊んだり出来る人じゃない事ぐらいは分かってるわ。それに、彼女の顔を見た時のあなたの驚いた顔……」

 妻は面白そうに、ふっと笑った。


「彩香…… すまない……」


「どんな人を、あなたが十五年間思い続けてきたのか知りたかったの。それから、あなたの話を聞こうと思っていたの」


「ああ、彼女が、十五年前付き合っていて別れた人だ……」


 口にしてしまうと、胸の中が軽くなると同時に暖かい物が流れ込んできた。

 そして、妻に対して申し訳ない気持ちも当然湧いてくる。


「誤解しないで、別に、あなたも彼女も責めるつもりなんてないのよ」


「えっ?」

 思わず、俺は妻を驚いた目で見てしまった。
< 87 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop