嘘つきな君


静かな事務所に響く、キーボードを叩く音。

それでも、テンポよく鳴り響いていた音も、徐々に間隔があき始め、次第に聞こえなくなった。


「――駄目だ……全く集中できない」


完全に動きが止まった体。

深い溜息を吐いて、天井を一度見上げる。


こんな時に仕事をしても、ミスをするだけ。

明日頭を切り替えて、朝一で書類を纏めよう。

そう決めて、デスクの上を片付けてから事務所を後にした。


薄暗い社内を一人ノロノロと歩く。

それでも、頭の中は常務の事でいっぱいだった。


あの辛そうな表情が頭から離れない。

無理に笑った顔が、胸を締め付ける。

今にも泣いてしまいそうに見えた。


その時の事を思い返して、何故か目頭が熱くなる。

何も出来ない自分が、悔しくて泣きそうになる。

振り払う様に頭を振っても、消えてはくれなかった。


どうして、こんなに彼の事が気になるんだろう。

どうして、自分の事の様に傷ついているんだろう。

どうして――?


「どうしちゃったんだろ、私」


自分でも分からない感情に、思わず立ち止まって自分自身に問いかける。

そんな時、ふと人の気配を感じて視線を上げる。

すると、少し離れた場所にある談話室で、大きなソファーに誰かが座っているのが見えた。
< 110 / 379 >

この作品をシェア

pagetop