嘘つきな君
静かな事務所に響く、キーボードを叩く音。
それでも、テンポよく鳴り響いていた音も、徐々に間隔があき始め、次第に聞こえなくなった。
「――駄目だ……全く集中できない」
完全に動きが止まった体。
深い溜息を吐いて、天井を一度見上げる。
こんな時に仕事をしても、ミスをするだけ。
明日頭を切り替えて、朝一で書類を纏めよう。
そう決めて、デスクの上を片付けてから事務所を後にした。
薄暗い社内を一人ノロノロと歩く。
それでも、頭の中は常務の事でいっぱいだった。
あの辛そうな表情が頭から離れない。
無理に笑った顔が、胸を締め付ける。
今にも泣いてしまいそうに見えた。
その時の事を思い返して、何故か目頭が熱くなる。
何も出来ない自分が、悔しくて泣きそうになる。
振り払う様に頭を振っても、消えてはくれなかった。
どうして、こんなに彼の事が気になるんだろう。
どうして、自分の事の様に傷ついているんだろう。
どうして――?
「どうしちゃったんだろ、私」
自分でも分からない感情に、思わず立ち止まって自分自身に問いかける。
そんな時、ふと人の気配を感じて視線を上げる。
すると、少し離れた場所にある談話室で、大きなソファーに誰かが座っているのが見えた。