嘘つきな君
「ちょ、ちょっと!! いきなり何するんですかっ!?」

「大人しくしろよ」

「セクハラで訴えますよっ」

「お前、本当にいい度胸してるよ」


我に返って暴れる私に向かって、常務は呆れたように小さな溜息を吐いた。

そして、必死に抵抗する私を抑え込むように、ぐっと自分の方に私の体を引き寄せた。

その瞬間、必然的に2人の距離が近くなって、彼の端正な顔が目の前に迫る。

その姿に一気に顔が真っ赤になり、心臓が早鐘を打ち始める。


どこか気怠い、黒目がちの瞳。

仕事の時だけしている黒い縁の眼鏡の奥で、私を見つめている。

柔らかそうな黒髪が微かに風になびいて、ジャスミンの香水の香りと共に私に流れ込んでくる。

その瞬間、胸が締め付けられて息も出来なくなる。

すると。


「足、捻ったんだろ」


小さな溜息と共に、呆れたようにそう言った彼の言葉に驚き、目を瞬く。

そんな私の顔を見て確信したのか、彼は更に呆れ顔で溜息を吐いた。

だけど、私の心臓はドクドクと甘い痛みを生む。


どうして、分かったの?

だって、誰にも知られない様に必死に我慢していたのに。

きっと、普通に歩いていただろうし。

一生懸命すぎて、自分すら痛むのを忘れていたぐらいなのに。


「ど……して分かったんですか」

「隠してたんだろうけど、俺にはバレバレ」


ゆっくりと歩き出した彼にそう問いかけると、真っ直ぐ前を向いたままそう答えた。

その言葉に、胸が締め付けられる。

どうしようもなく。
< 140 / 379 >

この作品をシェア

pagetop