嘘つきな君
隣の部屋に行くと、彼ともう1人の男性が私に気づいて視線を向けた。

慌ててお辞儀をした私を見て、綺麗な金髪の髪をした男性が嬉しそうに微笑んだ。


「シンガポールの事業を取り締まってもらってる、エリックだ」

「は、初めまして。秘書の芹沢です」

「初めまして。可愛い秘書さん」


チャーミングな髭を蓄えたその男性が、ニッコリと微笑んで私に握手を求める。

日本とはまるで違う挨拶に、少し慌てつつもギュッと出された手を握った。


英語はペラペラとまではいかないけど、学生時代一番得意な教科だったから、基本的な挨拶や会話は出来る。

もちろん、知っている単語を聞き取って、恐らくこんな会話だろう、程度の英語力だけど。


緊張しながらも、ニッコリと笑ってエリックと握手を交わす。

すると。


「なんだ。てっきり、大輔のフィアンセかと思ったよ」


握られた大きな手を一度揺らした後、屈託のない笑顔でそう言ったエリック。

その瞬間、笑顔が固まる。


「エリック、今その話はなしだ」


すると、間髪入れずに隣にいた常務が口を挟む。

そして、どこか咎めるような視線をエリックに向けた。


フィアンセ。

その言葉を聞いて、胸がチクリと痛む。

それは、私の事ではないと思って。

それでも、必死に笑顔を元に戻して、常務に向き直る。


「常務。何か御用ですか?」

「あ、あぁ。追加の資料だ。目を通しておいてくれ」

「かしこまりました」


渡された資料を受け取って、お辞儀をする。

そして、笑顔を張り付けたまま部屋を出た。
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