嘘つきな君

「失礼いたします。秘書室の芹沢でございます」


小さくノックをして、言葉を落とす。

すると、先程聞こえた声と同じ声が扉の向こうから聞こえた。


「どうぞ」

「失礼します」


まるで面接の時の様に、畏まって部屋の中に入る。

それでも、目の前に広がった景色を見て、思わず目を細めた。

あまりにも、その景色が美しかったから。


まるで水族館の水槽の様に一面に広がる大きな窓。

その先には、東京の景色が一望できた。


その景色を見て、ふっと小さく唇に笑みを浮かべる。

やっぱり、神谷一族は夜景が好きなんだなと思って。


「そこへ」


思わず魅入ってしまいそうになる中、その声で我に返る。

慌てて声のした方に視線を向けると、スーツを着た一人の男性がそこにいた。


すらっと伸びた背の高い、少し渋めの男性。

60歳を過ぎているというのに、全くそんな感じがしない。

洗練されていて、どこか若々しく見える。


「し、失礼します」

「そんなに固くならなくていい。今ここには私と君だけだ」


カチカチになった私に、ふっと笑いかけてくれた神谷社長。

その笑顔が、どことなく常務に似ていて驚いた。

そっか、彼にとっては叔父さん。

血は繋がっているもんね。


「芹沢くんと、いったね」

「はい」


促されるまま、社長の前にあったソファに腰かける。

だけど、ようやく真正面から見たその姿に、胸がチクリと僅かに痛む。

清潔感のある身なりに、どこか穏やかそうな笑顔。

そして目を引くのは、彼と同じ黒目がちな瞳。

それらを振り切る様に、視線を僅かに逸らして唇を引き結んだ。


「ゆっくり話でもと言いたい所だが、すまないが時間があまり取れなくてね。次の会議があるもんで」

「いえ……」


低い、独特のハスキーボイス。

覇王の威厳とでもいうのか、物腰の柔らかそうな雰囲気の中に、ピリッと張りつめたものを見る。


やっぱり日本屈指の大企業の社長だ。

オーラが違う。
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