朝、目が覚めたらそばにいて
私があれだけ逢いたくて逢えなかった背中の彼の名を「正太郎くん」と親しげに呼んでいた。

「佐々木さんのお客さんだったんですか、なら彼女のこと預けていいですかね」

「ん?」

佐々木さんと呼ばれた女性は私を不思議そうに見る。
いやいやいや、私はサイン会に来ただけで誰のお客でもないんですけどと言いたいけれど、それはやめておく。今はこの場から助けてもらうのが第一優先だ。
佐々木さんが正太郎さんに視線を合わせると彼はコクンと頷く。
すると佐々木さんも「了解」というように一度頷いた。


「はい、じゃ、私が預かります」

その一言で私を追って来たスタッフと警備員は自分の持ち場へと帰って行った。
ほっと胸をなでおろす。


「すみません、助かりました」

深々とお辞儀をして佐々木さんと正太郎さんにお詫びをする。

「状況がまったくわからないんだけど」

佐々木さんがそういうのも無理ない。
けれど私はサイン会に行きたい。
先を急ぐのだ。

「あの、私、サイン会に来ただけなので、もうその会場に行ってもいいですか?」


「ああ、イベントホールでやってるやつね」

「はい」

時刻はサイン会開始から30分経っていた。急がないと。
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