いちばん、すきなひと。
卒業式の決意ー野々村目線5ー
いよいよ、最後の日が来る。
この着慣れて色あせた制服を着るのも、今日で終わりだ。

並木道の所で、松田を見かける。
「よぉ」
「おー」
何も変わらない挨拶を交わし、歩く。

「あ〜やっと卒業だな」
松田が伸びをしてやれやれと呟く。
「この間入試受けた気がするけどな」
本当に、あっという間の三年間だった。

「よくもまあ俺、この学校に入れた上に卒業できるよな」
当時ギリギリだと言われていたことを思えば、奇跡だと奴は言う。
「頑張ったからだろ。バスケもできたし、青春したよな」
「したした」

ははは、と笑い合っている後ろから
「おっはよー!」
ドン、と後ろから背中を力一杯叩かれる。

いつもと違う、挨拶。
それでも、こんなことをするのは一人しかいない。

「てっ……!!!おま、何朝から力強い挨拶…!」
「相変わらずの手腕ですなーみやのっち」

俺たちが振り返るより早く、声の主は俺たちの間に割って入る。
なんとも自然に。
やっぱり、居心地がいい。

お前も、男だったら良かったのにな。
なんてウッカリ言いそうになった事もあるけど
やっぱりコイツは女で良かった。
だからこそ、三人で楽しくやってこれたんだろうな。

貴重な時間を共に過ごせたこと、
みやのっちに出会えたこと。
一緒にこうして通えたこと
忘れねえからな。

そんな風に思いながら、学校へ向かった。


卒業式も無事に終わり、クラスの皆で最後の雑談をする。
「野々村、今日は彼女と放課後デートか?」
「お互い卒業おめでとうってな!」
ヒュー、と無駄に友達に囃し立てられる。

「まあな」
この場合、変に構うよりシレッと流した方が
早々に収まることを知っている。

「え〜!マジかよ」
「お前だけ一人先に春を楽しみやがって!」
コノヤロウ、と皆にグリグリと揉まれ
クラスは和やかな雰囲気に包まれた。

さて、いつものように松田と帰るとするか
そんな風に教室を覗くと
楽しそうに笑いあう二人を見つける。

なんだよ、いい感じじゃねえか。

かといってそっとしておくのも癪で
「おい」

控えめに、声を掛ける。
すぐにアイツは気づいて、だけど不思議に思ったのか
「今日はノートもワークも何も渡すもん無いよ」
何を言うのかと思ったら。
俺が毎日本気で借りに来てると思っていたのだろうか。

半分呆れつつ、
そこもまた、面白いなと笑って
「馬鹿、そんなんじゃねーし。松田ーみやのっちー帰るぞー」
お前も巻き込んでやるよ。

松田と一緒に、三人で帰ることにした。
どうせもう卒業だ。
誰にも何も、言われやしない。

相変わらずの受け答えに、変わらないものを感じ
それでも、これから先進む道にお互いは居ないのだとも感じる。

いつもより、長く歩いていたかった。
もっと、この時間を大切にしておきたかった。
胸に刻んでおこう。
これまでの思い出と共に。


並木道の終点で、彼女と別れる。
まだ夕方でもなんでもないのに
彼女の笑顔は、眩しかった。


松田と二人、アイツが帰る背中を見送る。

「……なあ、ホントにいいのかよ」
ふいに、そう聞かれた。
「いいんだ、これで」
何のことか、なんて野暮な話はしない。

後悔なら、とうの昔にしてきた。

「そっか!じゃ俺もこれでスッキリだ」
「なんだそれ」
「オマエがウジウジしてたら背中のひとつでも叩いてやろうと思ったんだよ」
「余計なお世話だな」
「つれないね〜野々村くん」
それがお前だけどな、と笑って。

俺たちは拳を合わせて、それぞれの家へ帰った。


もう、振り向かない。
新しい道を、歩くんだから。




***




その後、しばらくして
付き合っていた彼女とも別れた。
結局、生活が変わると
関係を続けるのは難しいと痛感した。

きっと、彼女でなくてもーーー
同じだと思う。

やっぱり、これでよかったんだ。


そう思いたいのに。


アイツだったら、こんな時にどう言うのだろうか
アイツだったら、こうするだろうか
アイツだったら

事あるごとに何度も、みやのっちのことがチラつく。
どんだけ惚れてたんだ俺は。

情けない。

今更もう、どうしようもないのに。


何度メッセージを送ろうと思っただろう。
その度に、諦めろと言い聞かせた。
連絡をしてどうするんだ。

アイツにはもう、アイツの人生がある。
大事な人だっているかもしれない。
新しい人間関係もあるだろう

きっと、彼女も変わってしまっている。
そして俺もーーーーー


その後、いろんな出会いがあったけれども
隣に並んで居心地がいいと思える相手は
いなかった。

あの時のような楽しさは
見つからなかった。


いつかまた、そんな出会いもあるさ
そう思って
ひたすら友達と遊ぶ日々を送っていた。


そう、成人式を迎えるまでは。
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