いちばん、すきなひと。
それぞれの道。
実力テストの、数日後だった。
直子が、進学先の希望校を変えたと聞いたのは。

そして
優子と宮迫が別れたとも、聞いた。


直子は元々、私立のお嬢様学校へ行くと聞いていた。
それは本人と仲の良い時期に聞いていたし、当時付き合っていた野々村からも聞いていた。

私にとっては、悪いけど
どうでもいい事のひとつで。

恋人同士で学校が違うとかそんな話
雲の上の出来事だった。

最初、二人が別れたと聞いた時も
その事も関係するのかなと一瞬思った程だ。

まぁどちらにしろ
私には関係ない話だと思っていた。

彼女の希望する学校の名前を、耳にするまでは。




優子が、珍しく電話してきた。
金曜の夕方。

毎日恒例行事というワケではなかったが
この日も図書館の帰りだった。

コンビニでおやつでも買って帰ろうと
自転車を止めた時、優子からの電話が鳴った。

「もしもし?」
何の用だろう、と疑問に思いながら
先程まで野々村と楽しく勉強していた事が
バレたのではないかという
変な不安と罪悪感を抱えつつ、優子の声を待った。

「……みやのっち……今、時間ある?」
思わず、コンビニ店内の時計を見る。
六時過ぎ。

まぁ家には遅くなるとでも連絡入れたら大丈夫か、という範囲だ。

「うん。大丈夫。」
心なしか、声が震えている気がした。

「今……外?」
優子に聞かれて、素直に場所を伝える。
「家の近所のコンビニ。Kマート」

5分後、優子が来た。
「急に……ごめんね。」

もう、辺りは薄暗くて。
優子の顔はよく見えなかった。

コンビニの灯りで、ようやく彼女の顔を確認できた時。
彼女の目が、真っ赤だった事に気がついた。

「……どうしたの?」

あまり、騒ぎ立ててはいけない。
そう思って
静かに、聞いた。

「……ダメに…なっちゃった……」

その言葉で。
なんとなく、分かった。


「何があったの?聞いてもいい?」
二月の夜は、体の芯まで冷える。
とりあえず、寒さを凌ぐためにと
コンビニで暖かいココアを買って。

二人で店の脇にある自転車置き場に行き
それとなく、しゃがみ込む。

暖かい缶を開けるのが惜しくて
しばらく手で包み込み、暖をとっていた。

「……さっき。二人で会ってたの。」
「ふうん。いつも通り…よね?」
「うん。でもね、この間から……何か気まずいなって思ってた。」
「気まずい?」

優子は、私の質問に頷いて。
ココアを頬に当てて、話し始めた。
「いつから、ってワケじゃないんだけど。なんとなくね……。前からよく喧嘩みたいな言い合いはしてたんだけど、そんなのも出来なくなって。ちょっとした一言が、お互い変に深刻に受け止めたり心に引っかかったりしてさ……。一緒に居ても話し辛くなってきて。」

優子はズズッと鼻をすすって。
「それでも、なんとか元に戻れないかなって。ずっと、考えてたんだけど。先に言われちゃった……」

私は。
静かに、話を聞く事しかできない。

それがとても、申し訳なくて。
とても、気まずい思いだった。

「そっか……」
その一言が、精一杯だった。

「二人で居ても、楽しくないならしょうがないじゃん、ってね。そうだよね……辛いだけだよね……」
堪えきれずに、しゃくりあげる優子の背中を私はゆっくり摩る。

「……難しいね。」
ホント、難しい。

両想いでも、ずっとそのまま楽しく過ごせるワケじゃないんだ。

じゃあ、何で付き合うんだろうね。

楽しくなくなっちゃったら、おしまいなのかな。


なんだか、そんなの悲しいね。
嫌いになったワケじゃないのに、
好きなのに。
一緒に居られない、なんて。


優子が静かにすすり泣くのを
私は、ただ、聞く事しかできなかった。





何分経っただろうか。
冷え切ったココアも飲み干してしまった頃。

優子の涙も、少し乾いたようだった。

「……寒いね。」
ふと、我に返ったように
優子が小さな声で呟く。

私は、ただ頷いた。

「コーンスープ、飲もっか。」
そう言って、私は立ち上がり
二人分の温かいコーンスープの缶を
コンビニから買ってきて、優子にひとつ渡した。

「ありがと」
二人で黙って、飲む。

「……あったかいねぇ」
「そーだねぇ」

ふいに、優子が聞いてきた。
「ね、知ってる?」
「何を」
「一番、好きな人とは……一緒になれないんだって。」
「何、それ。」
「この間買った本に、書いてあった。どうなんだろうって思ってたんだけど……本当かもね。」

どうなんだろう。
私には、分からない。

一番好きな人。
そんなの、決められるんだろうか。

誰かを好きになって
その恋がダメになって。
また、違う人を好きになって。

その人と、前の人とを比べるなんて
できるんだろうか。

「どうなんだろうね。だってさ、私達……まだ中3だよ。15才だよ。まだまだ、これからたくさん色んな経験するじゃん。そんなのって、分かんないよ。分かってたら、なんか嫌じゃん。そんなの。」

自分でも分からない。
でも何故か、ものすごく必死になって
そう言ってしまった。

何熱くなってるんだろうと、一人で恥ずかしくなった。

でも。そういうのが
今の私たちには必要なんじゃないかと思って。

私があまりにも必死で喋ったせいか
優子も驚いていた。
「みやのっち、って……そんな熱い事言うんだね。いつも飄々としてるからビックリした。」

そんな風に言われると、
しまったと思う。
キャラ間違った。

でも、優子はそんな私を見て
「ありがと、ちょっと元気出た。……そうだよね。まだまだこれからだよね、私達。」
と言った。

そう、その通り。

私は、まだ
ホントの恋をしてないから
偉そうに言えないし
優子の気持ちも、本当には
分かってあげられない。

だけど、
私達はまだ、これから
たくさん、たくさん
恋をするだろう。

それでいいと思う。
悲しい事は少ないほうがいいに決まってる。
だけど、
それはきっと、その時の自分に
必要な事なんだと
思いたい。


今、優子の悲しい気持ちも
そうであれば、いいなと思う。

早く、元気になれますように。

そっと、星空に祈った。


スープを飲み干して、缶をゴミ箱に捨てながら。
ふいに、優子が思い出したように言ってきた。
「そういえば、直子。志望校変えたらしいよ。」
「へぇ。」
直子はあれから、私に余所余所しい。
仕方ないのだけど。

私は別に、自分の気持ちを誰にも言ってないし、付き合ってるとかではない。
どちらかと言うと、全くの脈ナシだ。

野々村と二人でコソコソ会うこともないので、彼女に恨まれる筋なんて毛頭ないと言いたいのだけど。

実際、楽しく仲良くしてるので
疎まれるのも分かる。


だからこそ、私もあえて
彼女の事に触れようとは思わなかった。

別に直子の事は、嫌いじゃない。
むしろ、美人だし羨ましいくらいだ。
仲良くできるのなら、しておいて損はないくらい、いい子だと思う。

だけど。
私は、自分を嫌っている人にわざわざ近寄る趣味はない。

だから、直子の話をされても
素っ気ない返事しかできなかった。

それでも優子は話を続けた。
「南高だって。私達と同じ。」
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