いちばん、すきなひと。
卒業と入試は一度にやってくる。
私たちが行く予定の、南高は
町の中では一応、進学校にあたる。

一番の売りは、特進コースだ。
そのクラスの生徒は皆、有名大学へ進学する。
けれどもそこへは
試験の結果、トップ20位内に入らないとならない。
選ばれた者たちだけの、クラスなのだ。



直子は、そこへ行くつもりらしい。
彼女は、学年で3位以内に入る
野々村と同じ人種だ。

彼女が当初希望していた
私学のお嬢様学校も、よほど成績がよろしくないと入れない所で。
彼女はそこの試験を通ったと噂で聞いていた。

それは学年のニュースになるほどだった。

けれど、まさかそこを蹴って
南高にわざわざ行こうとするとは。

確かに、特進コースなら
彼女にとって不足はないだろう。

けれど、どうしても。
直子の行動に
アイツが絡んでいるような。
そんな変な勘ぐりをする自分が嫌になる。

さすがに恋愛関係で
人生を左右するような事はないだろうと
思うのだけど。

もし、少しでもそんな考えが
彼女の中にあるのなら。
それはそれで凄い。

それだけ、好きなんだろうなと。


私はそこまで
彼を好きなんだろうか。

分からない。


野々村は、知っているんだろうか。
どう思うのだろうか。



土曜に図書館へ、桂子と行く約束だった。
野々村には何も連絡してなかったけど
やっぱり、来ていた。

休憩スペースにある、自販機の前でジュースを買って。
ふと、頭に浮かんだ疑問を
野々村にぶつけた。

「……野々村は、特進コース行くの?」
「なんで?」
「だってさ、学年トップだし行けるでしょ?もっと勉強できる環境になる事だし」
「俺は普通科行くよ。そこまで必死に勉強するつもりじゃねーから」

そうなんだ。
何と無く、分かるけど。
意外。

「別に進学コースでガリ勉にならずとも、本人の努力次第で行きたい大学へは行けるからな。俺は勉強意外の事を楽しみたい」

「バスケ、やるの?」
「やるよ。面白いから。寧ろそっちメイン」
「そっか、頑張ってね」
「オマエこそ卓球やるの?」

……聞かれたくなかった。

競技自体は、大好きだ。
だけど
華やかなイメージが、ない。

バレーやバスケのような
可愛い女子がキャッキャッ的な
華を感じない。
まぁ自分にそれがあるとは思わないが。

だからこそ、余計に
新しい自分になりたくて。

何か、違うことをしたい。


そんな自分の話を素直にするワケもなく。
「……分からん。行ってから考える」

「ま、そーだな。とりあえず合格しねーとな」

そう言って、ペットボトルの蓋を閉め。
桂子が頑張っている、自習室へと戻った。


結局、直子の事は聞けなかった。
私が彼に聞くことではない。



気づけば、バレンタインも終わっていた。
今年はそんな浮ついた気分すら、忘れていた。
昨年の、あのドキドキが懐かしい。



それ以降
野々村と、宮迫が一緒につるむ姿を
見ることがなくなった。

その代わり
クラスメイトで同じ元バスケ部の
松田と仲良くする様子が目についた。

今、松田は
桂子の席の、隣だ。


優子と宮迫の関係が終わってから
野々村の側で、あの痛い視線を感じる事は
なくなった。

正直、ホッとした。


その頃から
松田も、あの『放課後勉強会』に
参加するようになった。

桂子の成績が上がった事を知って
俺も教えてくれと泣きついたのだ。

松田も、中の中、下手したら中の下に足を踏み入れそうな状態だった。

二月末。
卒業まで、あと数週間。
試験までも同じ。


こんな状況で
今からやって間に合うのか、と普通は思うかもしれない。

けれど、私たちは
友達を、助けたくて。
仲良く進学したい気持ちもあって
協力した。


桂子はもう、自分でやっていける。
今度は一緒に教える番だ。

図書館の自習室で、ああでもないこうでもないと三人で交互に教える。

松田は素直で、物分かりも実によかった。
なぜ授業でついていけなかったのか。
本人曰く、
ヤル気と教える人間の問題らしい。


そして。
当たり前のように
毎日を図書館で過ごし。

いよいよ、卒業式。


私たち公立受験組にとっては
明日が試験日なので
気を抜ける立場ではないのだが。

それでも、今日この日は。
胸を張って
晴れやかな気持ちで迎えた。


そして。
野々村たちとの、あの楽しい時間も
これで終わるのだと。
痛感する。


答辞を、野々村が読んでいた。
とても、素敵だった。
彼の言葉のひとつひとつが、胸に染みる。

彼と、一年間過ごせて本当によかった。

高校は、同じだけれど
きっともう、こんな風に仲良く学ぶ事はないだろう。

きっと。また距離ができて
知り合う前のような、何もない関係に
戻るのだろう。

2年の頃好きだった、隆の時のように。


式が終わり、教室に戻る時。
泣き顔の桂子を見て、つられて泣いた。

ずっと、一緒だと思っていた。
卒業なんてまだまだと思っていた。

こんなに毎日が楽しかったのも、桂子のおかげ。
彼女に、感謝している。

桂子と知り合えなかったら
ずっと、私はコンプレックスの塊に押しつぶされていた。
肩ひじはらずに、他愛ない話ができる
そんな存在が、私には必要だったんだ。

これから、住む場所も離れ
会うことは少なくなる。

だけど、この思い出だけは
絶対に、忘れない。
彼女と笑って過ごした、貴重な時間。


せっかくだからと、
勉強会メンバーと称して、四人で写真を撮った。
どさくさに紛れて、野々村と二人でも撮ってもらうことにした。
これが、私の精一杯。

「はーい撮るよー」
桂子が、カメラを構える。

勢いで隣に入る。
触れるか触れないか、ギリギリの距離で。

これでも心臓の音が聞こえやしないかと
緊張するのだけど。

不意に、野々村は
「みやのっちーいくぞー」
と、私の肩に手を回して
「はーいポーズっ」
自分の側に寄せた。

「おっけー、いい感じ!」
桂子は楽しそうにカメラをのぞく。
「あとでソレ、ぜったいくれよな。」
野々村が、桂子に念を押す。
「分かったわかった。」

私も欲しい、けど
心臓の音が耳に残っているのと、
顔が赤くなってやしないかという焦りで
すっかり会話に乗り遅れた。

その後も、彼は
クラブの後輩から次々と写真をせがまれ
バスケ部軍団にも絡まれ
もみくちゃになっていった。


たくさんの人に囲まれる彼を
まぶしい気持ちで見つめながら
私は私で
桂子たちと卒業を喜び、別れを泣いた。





そして翌日。
いよいよ、入試だ。

緊張は、ない。
模試に行く時と同じような、ちょうど良い高揚感。
自分の力を試せるような感覚。

他の生徒がどうなのかは知らないが
近所の3校から集まる、この高校は
定員が300名。
倍率で言えば、約3倍程度。

進学校だけど、そんなモン。
所詮公立。
でも、特進コースだけは
もっと競争率が高い。

そこに人気が出れば出るほど
普通科の枠は狭まるワケで。

凡人の私達には迷惑な話だ。

だけど、学校のレベルが悪くないのは
少し、自慢にもなるかと思っている。

「世の中偏差値」って言われるくらいだから。

正直自分はそこに入っていくつもりは、ない。
偏差値が高いから、凄いとは思わない。
そりゃ努力してその地位を得るのは勝手だけど
その物差しで全員を計る事が間違っている。

学力が得意な子はそれを活かせば良いし
他に得意な分野があれば、それを活かせば良いだけ。
私は、後者だと思っている。

大した特技ではないが、美術関係だ。
将来もなんとなく、そっちの道に進めたらと考えている。
だから。
学力は困らない程度にそこそこあれば問題ない。


そんなワケで。
私は、大した不安もなく、ただ普通に
試験会場へ向かった。

試験場で、指定された教室に入る。
願書を学校ごとで一斉に提出したのでもちろん、受験番号順に並んだ机には顔なじみの生徒ばかりだ。

これじゃ中学と変わらない。

それはそれで良いのだろうけど。
私は、端から2番目の列に座った。

窓際に、野々村の姿が見える。
「よーみやのっちー」
彼が私に気付いて、手を振る。
それはもう、いつものように。

私も、それとなく自然に手を振る。
いつもどおり、だ。

試験会場なのに、昨日と同じような
変な錯覚を覚える。


だけど、耳から入る授業開始のノイズがいつもと違って
ここはもうあの場所ではないのだと、私の目を覚ます。

試験が、始まる。
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