いちばん、すきなひと。
答え合わせの会。
「あー終わったー」
野々村が相変わらず大きな声で、伸びをしながらそう言っている。

試験終了。
とにかく、終わった。
後は結果を待つだけ。

桂子にメールを送る。
桂子は卒業前に試験が済んでいるので、気楽な春休みを満喫中だ。
すぐに電話がかかってきた。

学校の外で、電話に出る。
「おつかれー!どうだった?」
桂子の声を聞いて、ちょっと安心する。
「終わった終わった。とにかく書いて埋めて終了。」
「そっかー今日は時間ある?」
「もちろん。桂子んち行こうか」
「いいよー今日ヒマだから来て来てー」
「じゃとりあえず打ち上げ!って事で」
「まだ結果でてないのに。」
二人で笑う。

そんな会話をすぐ後ろで聞いていた二人が、私の電話を取り上げて会話に入る。
「いいじゃん打ち上げ!オレたちも混ぜてー」
「あっ、野々村と松田だね!おつかれーどうよー」
「完璧に決まってんじゃん。俺様が間違えるハズねーべ。」
「俺、怖いよーヤバかったらどうしよう」

この二人、正反対だな。

「じゃ、三人でおいでよー。」
桂子がそう言うので、遠慮なく行くことにした。

一度帰宅して、親に了承も得て。
適当に飲み物とお菓子を買って、桂子の家に向かう。

マンションの、六階。
インターホンを押すと、桂子の声がして
玄関の扉が開いた。
「みやちゃーん、おつかれー!!」

「みやのっち来たー!」
桂子の後ろに、野々村と松田が見えた。
「あれ、早いね」
二人とも制服のままじゃん。
あれ、もしかして。
「面倒だからそのまま来た」
……そうだと思った。


お菓子をテーブルに広げる。
試験の感想を興奮冷めやらぬ様子で、松田がひたすらまくし立てる。

桂子はグラスにジュースを注ぎながら話を聞いている。
私と野々村は、さほど関心もないので
テレビのスイッチを入れてリビングのソファに座った。

「この後4時から解答速報やるって」
地域のニュースチャンネルに合わせてそう確認した後、野々村が聞いてきた。
「みやのっち、できた?」
「まぁ、普通に。」
学年トップを前にして、自信満々には公言できまい。

「俺、楽勝」
眼鏡を外し、ニヤリと笑う。
腹立つ。
でも何故か、かっこ良く見えてしまう。

眼鏡のせいにしておこう。


「俺もとにかく埋めたけどさーマジ自信ねーわ。ヤバイかもしれん」
松田が頭をぐしゃぐしゃと混ぜながら向かいに座る。

「大丈夫だって。あんだけやったんだからさ。」
慰めに聞こえるかもしれないが、
今はこれしか言えない。


くだらない話を上の空でしながら
時計を確認する。
4時ーー番組が始まった。


公立高校の入試問題とその解答が放送されるその番組は、昨年こそただの興味半分に他人事だと見ていたのに。
こんなにも真剣に見ることになるとは。

問題が提示されるたびに、各々の解答を思い出す。
その後、簡単な解説と解答を聞く。
淡々と進められるその番組に、皆でああ同じだ、いや違ったと一喜一憂するのである。

クイズ番組と同じ感覚である。
緊張感は全く別物だが。


速報を見た後、しばらく変な高揚感が続いた。
殆ど、野々村と同じ解答だった。
記憶違いが多少あるかもしれないが。

おそらく、余裕だ。
ホッとする。

けれども向かいに座った松田は、頭を抱えていた。
「俺、マジヤバイ気するわ……お前らと答えが違うトコ多過ぎ。しかも自分の解答覚えてないトコあるし」

「今悩んでもどーしよーもねーべや」
野々村がポンポンと優しく背中を叩く。
「一生懸命やったんだから、後は信じて待つのみ」

その通り。
私も、頷く。

さぁ、新発売のお菓子でも食べて元気出しな、と。
目新しいパッケージのお菓子を広げて
ひたすら皆で味見会となった。


空がすっかり暗くなり、街灯がまぶしく感じる頃。
私たちは、桂子の家を出た。

結果は、来週。
それまでは待つしかない。

「そうだよな、俺頑張ったよな」
松田がこの言葉を言うまで、どれだけ励ました事か。
帰り道、ひたすらこの話題だった。

「そうそう、頑張った!」
私と野々村は必死で松田を元気付け、持ち上げるだけに帰路を使い果たした。

彼は分かれ道で、私達に満面の笑みでお礼を告げた。
「絶望的だった俺をここまで引き上げてくれてありがとな。本当感謝する」
「結果出たら、また乾杯しような」
「学校で会おうね」

そう言って、松田と別れ。
私たちはもう少し、自転車を漕ぐ。

楽しかった。
図書館での勉強会から最後の答え合わせまで一緒にできるなんて、夢にも思わなかった。

受験勉強なんて、孤独との戦いだと思っていた。
助け合いも、できるんだと気付いた。

でも、これで終わりだと思うと
本当に寂しい。

数ヶ月前に、二人で帰った事を思い出す。
合唱コンクールの前日。

あの時は、今こうしてまた彼と帰れるなんて
想像しなかった。
こんなにあったかい気持ちになれるなんて。
思わなかった。


あの時は。
誰にも告げずに、心の中にしまっておこうと
必死で決めた。

なのに。

この心地よさは
決心が揺らぎそうに、なる。


「……合唱コンクールの前日を思い出すな」
野々村が言った。

まさに今、自分が思っていた事を。
偶然なんだろうか。

「私も!思った!」
思わず大きな声になってしまい、野々村が驚いている。
恥ずかしくなって、しまったと思ったら。
野々村が吹き出した。

「みやのっちってば面白れぇーなぁ」
「いや今偶然私も思ったからつい……ごめん」

学校からただまっすぐ走る道の
突き当たり。

ここで、あの時は。
二人で明日頑張ろうと、手を合わせた。
心地よい音が響いた、あの日。
まるで昨日の事のように、思い出す。

また、ここに来てしまった。
「また明日」は、ない。
少し、寂しい。

自転車を少し停めようとして
ブレーキに指をかけたら
「暗いし、送るわ。」
と、短く野々村が言った。

え?
送るって、何?

頭が一瞬、真っ白になった。

ここで、バイバイじゃなかったの?


送るって、どこまで?

「……え?」
キョトンとした私を見て、野々村はさも当然のように言う。

「こんな暗い時間に女子一人で帰らせられねーよ。近所だし気にしなくていいだろ」

「あ、うん。ありがと」

女子。
そうか、私も女子だったんだ。
改めて、確認する。

自分が女だと意識した事が、なかった。
小さい頃から男子と遊んでばかりいたからかもしれない。

好きな人に対しても、いつも対等で。
そんな風に思われてるなんて、考えた事もない。

女の子扱い、してくれるんだ。

ものすごく、嬉しい。


心が、くすぐったい気持ちになった。
なんだろう、この温かい気分。


ひょっとしてこれは。


まさか、まさかね。
でも。


少しくらい、いいように
期待しても、いいのだろうか。


頭の何処かでは
冷静になれ。
そんなハズが、ないだろう
と呼びかけている自分が居る。


だけど。
この、ふわふわした感覚が
忘れられない。


どうしよう。
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