いちばん、すきなひと。
合格発表と、春休み。
家の前で
それじゃ、と野々村は手を上げる。
「ありがと」
と、私も手を振る。

「じゃーまた来週、学校で」
あっけなく、彼は帰っていった。

来週は、合格発表。
さほど心配はしていない。

それよりも私は
ひたすら、野々村の事を考えていた。

さっきからずっと、ふわふわしてる。
変に足が浮いてる感じだ。

何を、考えているんだ私。

あっさり家の前で帰った彼を、寂しく思う。
もっと何か話せばよかった。

そして。
どうして私を、女子扱いするんだ、と
変に勘ぐろうとしてしまう。

だって。
前は、あの道で手を振った。

今日は、家の前まで。
何か意味があるのだろうか。

あるはずない
言葉の通り、素直に受け取ればいいのに。
「夜遅いと危ないから」
事実だ。
ただ、それだけ。

そう、それだけのはず。


帰宅して夕食後、ひとり湯船に浸かり
また考える。

これまでの、彼の言動が次々と脳裏に蘇る。

今まで、期待をしたくないから全てを否定して流してきたけど
考えれば考えるほど、自分にとって都合のいいように受け取ってしまうのは。

「駄目だ……私、病気だわ……」

湯船に顔を半分沈め、ブクブクと泡を出す。
もう、このまま沈んでしまいたい。


「麻衣、いつまで入ってんの!」
母親の声で我に返った。

考えないでおこう。
何も、ない。
私はただの、友達。
何もない。あるはずなんてない。

期待しては、いけない。
今までを思い出せ。

告白して振られた回数を思い出せ。
あれをまた繰り返すのか。

私は、想うだけでいい。
そう、それだけで幸せだ。
こんなに、あったかい気持ちになれるのだから。


来週まで会うこともない。
距離が、私を落ち着かせるだろう。




こうして。
誰にも会わない、気ままな春休みを数日過ごしただけで
私の心は落ち着きを取り戻した。

ほらね、やっぱり。
距離が、大切。
近すぎるから、駄目なんだ。

適度に距離があると大丈夫。
過度な期待もしなくて済む。


これから、そんなに近くなる事もないだろう。
そう思うと。
この間、家まで送ってもらえたのは
最初で最後。
よかったのかもしれない。

でも、ちょっと心がチクチクするのは
やっぱり、好きだから。


これくらいが、ちょうどいい。


こうして迎えた合格発表の朝。
私は、優子と二人で南高に向かった。

正面玄関に、たくさんの数字が並んだ白い模造紙が張られている。
たくさんの受験生が、自分の数字を探しては喜び、泣き、友達や家族と抱き合っている。
その裏で、肩を落として背中を丸めその場を静かに立ち去る者もいる。
多種多様な姿を見せる人ごみの中で私と優子もそれに混ざり、自分の数字を探した。

「……あっ……た。あったー!」
先に、優子が声を上げた。
よかった、受かったんだ。
私は心底、ホッとした。

その後間もなく自分の数字をアッサリ見つける。
あぁよかった、受かっていた。
優子が心配していたので、静かに知らせる。
彼女はホッとした顔をして喜んでいた。

私たちが受付で封筒をもらい、帰ろうと振り返ると
「よーみやのっち」
野々村が、すぐ後ろにいた。
手には既に、私達と同じ封筒。
そりゃそうだわな、と頷く。
「おめでとー」
お互いそういい合って、手をパチンと弾く。

「また三年間、よろしくな」
「こちらこそー」

そんなやりとりの横で松田が封筒を目の前に出して
「みやのっち!俺も!俺もっ!」
とアピールしてきた。

「松田ぁー!マジよかったー!!おめでとー!!」
私は松田の手を封筒ごと握って、喜んだ。
二人でキャッキャッと跳ねる。

あんなに頑張って、それでも自信がなくて
でも、こうして合格出来た。
自分の事より嬉しい。

「またバスケやるべー」
野々村が松田の肩を組んで言う。
「おーやろーやろー」

いいなぁと、思う。
男同士って楽しそう。

私も、男だったらよかったかもしれない。

そんな寂しい気持ちも、サラリと流して。
「だいたい皆受かってるのかなぁ」
と、キョロキョロ辺りを見渡してみる。

すると少し離れた所から
「優子ーーーーーーっっ!」
直子が、走ってきた。
泣き顔で。

「……あった……あったよ番号。受かっ……たぁぁぁぁぁ!」
優子に抱きついて、そう報告する。

特進コースは、別掲示板にて張り出される。
けれどもそこに張り出される人たちは、皆トップの人たちで。
全受験生の中の、20位以内。

もちろん、野々村のように成績上位者でも特進コースを希望しない者もいる。
その分少しは繰り上げもあるだろうが、それでも優秀な事に変わりない。

直子がそこに入るとはさすが、としか言いようがない。

優子と抱き合って、喜びを分かち合う。
彼女はその後、野々村をじっと見つめた。
「すげーな!直子おめでとう」
野々村はよかったよかったと、直子の背中をトントンと叩く。
直子は更に顔をくしゃくしゃにして泣いた。

その様子が、やっぱりこれまでの二人の距離を思わせて。
私は少し悲しくなるけれど。

やっぱり直子は凄い。
私には出来ない事だ。
それだけ頑張ったのだから、今は素直に彼女を祝う。

彼女には適わない。
当たり前、分かりきっていた事だ。

よかったね、直子。
おめでとう。



これからも、またこのメンバーで顔を会わす。
クラスは違えど、また会えるのは嬉しい。

春が、楽しみだ。




こうして、私達合格組は
母校へ戻り、先生方に報告をする。

私と野々村の担任は、軽いノリで
「おーオマエらは心配してなかっだけどな。松田は本当によく頑張った。」
残念な事に私達も、先生と同意見だ。

そーですね、と流して。
再度、皆で松田を祝う。

ギリギリでも諦めずに頑張った事。
これからもきっと人生の役に立つよ。



皆の報告を聞き終えたところで
先生が、この春結婚するという知らせを私達に伝えた。
それと、来春から転任するという事も。

学校は近いらしいが、そうそれと会う事もなくなるだろう。
せっかくなので、お祝いしたいと言ったら
4月には新居へ引っ越すらしく、また制服を見せに遊びに来いと言われた。

「絶対、行くから、先生!」
「おーオマエら高校生頑張れよ!」

背中を押されて、職員室を出る。
これで、本当に最後かもしれない。

楽しかった中学校。
ありがとう。さよなら。



校門で、優子と直子が待っていた。
久しぶりに皆で帰ろうと。

宮迫は、あれから結局志望校を変えたらしく
隣町の工業高校へ行くと、野々村から聞いた。

きっと優子も知っているだろう。
だけど、もう彼女は彼の話をしない。


私達は、学校の思い出話に花を咲かせて、いつものあの道を歩いた。
この道をこのメンバーで歩くのも、これが最後だと、思う。

桜のつぼみが、膨らんでいた。
もうすぐ、春が始まる。





帰宅すると、先に電話で知らせておいたので
母親が私の顔を見るなり、声をかけた。
「麻衣、おめでとう。よかったね」
うん、と頷いて。
私はいつもの用に、戸棚からお菓子を取り出し、二階の自室へ上がる。

「今日はお寿司、頼んでおいたわよ。お父さんも早く帰ってくるって!」
母の声が、心なしか弾んでいるように思えた。

私は上に兄がいる。
兄は私と違って、やりたい事があるらしく。
専門の高校へと進んだ。

特にやりたいと明言する事もなく、なんとなく毎日を過ごす私を
母はあまりよく思っていなかったように思う。
心配していたのだろう。

成績も悪くはないが、事あるごとに説教じみた話をしてくるのも
きっとそんな気持ちからだったのだ。

それを素直に私が受け取る訳もなく。
適当にやりすごして、いつもどこかへ出かけてしまう。
そんな私の事など、母はもうどうでもいいのではと内心思っていた。

兄の時はとても心配していたようで、受験の日は母もソワソワしていた。
合格発表の時も電話の向こうで涙ぐんでいたのを思い出す。

私の時はもう少し気楽だったろう。

だけど
こうして弾んだ声を聞くと、ホッとする。
私でも何か、母にしてやれる事があったのかと。

とりあえず、まっとうな道に進んでおけば
両親も安心だろう。
私がこの学校を選んだのもそういった理由が一番絡んでいる。


「制服合わせはいつ?」
母が階段の下から聞いた。
あ、と思い出し。
学校で受け取った封筒を持って下に降り、母に渡す。

「色々書いてある……制服は来週だっけかな。よろしく。」
短くそう告げて、ついでに冷蔵庫から取り忘れたジュースを持って部屋に戻った。

「制服合わせか……」
思わず自分のお腹を触る。
中学の制服はワンピース仕様だったので気にしてなかったのだが。
ウエスト、ヤバイんじゃないだろうか。


春から、高校生。
もっと、色々楽しみたい。
楽しみ。

だけど……これじゃダメかもしれない。
また、同じ道を歩むのだろうか私は。


野々村の顔が、浮かんだ。


何故、私は期待しないでおこうと思うのだろう。
自分に、自信がないから?
そうかもしれない。

今までの道程もそうだった。
外見は今ひとつだし、ガサツだし、空気読めないし。
女として見られるハズがなかった。

だけど、学校も変わる。
友達も環境も、変わる。

これは、チャンスなのではないだろうか。

私も、変われるんじゃないだろうか。


私は持って来たお菓子を開けようとして、止めた。
制服合わせには間に合わないかもしれないけど。
春休みの間に少しでも変われるように、頑張ってみよう。


新しい、春のために。
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