いちばん、すきなひと。
最初はちょっとした興味だけだった。
桜の花が満開になり、新しく通う道が
それは見事な桃色の絨毯と化した朝。

私達は、南高の生徒となった。
緊張と期待の入り交じる独特の雰囲気の中、ひととおり式を終えて。
教室に入る。

例外はあれども、基本的に近所の3校から成るだけあって
それなりに見知った顔をクラス内に見かける。
そして
「よーみやのっちーまた一緒だな、よろしくー」
野々村も、居た。
「俺もっ!楽しくやろーぜー」
松田まで揃っている。
どういう事だろう。

でも、正直嬉しかった。
あれで最後だと思わずに済んだ。
焦って告白なんてしなくてよかった。
そんな雰囲気は一度もなかったが。

どこかで下手に告白してたら、今頃気まずいったらありゃしない。
やっぱり、このままでいい。


また、こっそり楽しめばいい。


そして。
春休みそこらでスタイルや顔が激変する訳でもなく。
大して変わり映えのない自分に溜息をつきながらも
新しいメンバーに少し、緊張する。

桂子みたいに、仲良くできる友達がいたらいいな。

とはいいつつ、他校から来た生徒とは打ち解けるまでに時間がかかりそうだ。
そのうち馴れるだろう。
春の恒例行事といったところか。

ひとまず、キョロキョロとして。
前後の子に声をかけてそれとなく自己紹介して仲良くなってみる。

が、隣にいるのが野々村なモンだから
毎回コイツが隙間に入ってきやがる。
「みーやのっちー俺何か変わったの分かる?」
「何?」
「ほら、ほら!」

目のあたりを指差してーーーーー
眼鏡が無い事に気付く。

「コンタクト?」
思わず聞いてしまった。
「そ。こっちのほうが便利だしいいじゃん。カッコよくなったっしょ?」
「うーん、眼鏡のイメージがあるから何とも」
「えー!何だよそれ」

正直な気持ちだ。
眼鏡男子好きにとっては、コンタクト化が残念でならない。
だけどそんなの絶対言ってやらない。
悔しいから。

一応、眼鏡のない顔もスッキリして好みではあるのだけれど。
オマエこんな事してたらますますファンが増えるだろーがっ!
と、怒りを出しそうになるが堪えて胸に仕舞う。

「野々村くんだっけ?バスケ部だったよね?」
ふと、私の前にいる女の子が話しかけてきた。近藤さんと言うらしい。
「そー、俺の事知ってるの?」
野々村は嬉しそうに聞き返す。
何か腹立つ。

「ちょっと有名だったよ、カッコつけの主将がいるって」
「カッコつけ?俺はそんなんじゃなくて、ホントにカッコイイんだって」
「あはは、寒いねー野々村くんって。そんな事平気で自分で言うんだ」

近藤さんの台詞に「そうそう、そうでしょ。」と賛同したい。
私はウズウズしたまま隣で頷いた。

「ーーーで?二人はつき合ってるの?仲いいみたいだし」

なんと。
何を言うのでしょうこの人はイキナリ。
唐突にも程がある。

私と野々村は思わず目を合わせて
「え、そんな風に見える?」

ハモってしまった。

最悪。

松田が後ろでゲラゲラ笑っている。
コイツ……


「え?違うの?てっきりそうかと思ってた」
近藤さんはキョトンとしている。

「去年も同じクラスだったんだよ俺たち。なーみやのっち」
「そーそー、松田と私と野々村と三人一緒」

「ふーん、そうなんだ。仲がいいんだねえ」
近藤さんはとにかく不思議だという顔で私達を見る。
何がそんなに不思議なんだろうか。

「私は女子校から来たから、そんなのがよく分からなくて」
ナルホド。女子校出身ですか。
「男子と友達って、どうなの?恋愛とかならないの?」
おお、初日から突っ込んできますね近藤さん。

「うーん、人によるんじゃないかなぁ……分からないけど」
「そーそー」
私の曖昧な回答に、野々村が適当な相づちを打つ。

「そんなモンなんだ。また色々教えてよ」
割と気さくな感じの子だ。
見た目とっても綺麗にしてるから気後れしてたけど。
仲良くなれるかな。

他にも数人、仲良くなれそうな女子を探してみたが
皆どこかちゃんとしていて、綺麗で。
すっかり気後れしてしまった私は、話しかける自信すら失った。

女子高生って、可愛いんですね。

でも、努力しないと駄目なんだって分かった。
自分みたいに、どうせできないからって
何もしてこなかったから、今こうなんだなと痛感する。
それくらい、周りが眩しかった。


まだ間に合うかな。
頑張ろうっと。


最初はそんな、ちょっとした気持ちからだった。
ただ、変わるきっかけが欲しかった。

それが、大変な事になるなんて思いもしなかった。



偶然、帰り道で。
元クラスメイトの由美ちゃんを見かけた。
同じ学校なのは知っていたが、昨年も違うクラスだったので
話す機会もなかった。
何となく、声をかけようとして驚いた。

彼女が、綺麗になっていたのだ。
少し丸みのあったぽっちゃり感の面影はなく。
すらりと伸びた手足と髪。

別人だ。

人違いかと、思った。
だけど、名札を見て本人だと分かる。

「由美……ちゃん?」
おそるおそる、声をかけた。
「あっ、みやのっち!」
彼女は全く、変わっていなかった。

「どうしたの?なんか別人みたいでビックリしたー」
「そう?そんな事ないよー」
「いやいやホント別人だって。痩せたねー」
「あーそういえばちょっと痩せたかな。」
「ダイエット、したの?」
「そんな大したモンじゃないけどね、せっかくだからちょっと頑張ってみた」
「ちょっとじゃこんなに変わらないよー凄いよー綺麗になったねー」

彼女と世間話をして、別れた後。
家に帰って鏡を見た。

今なら、痩せられるかも。
彼女のように。


とにかく、色々な情報を探した。
ネットや本であらゆる事を調べた。

結局。地道な運動と、食事の内容を考えるのが正当かと行き着いた。

運動は嫌いじゃない。
ストレッチから始める。
馴れてくると、日常の隙間時間にちょっとしたエクササイズを取り入れる。

いつもなら、三日坊主なのだけど
今回は本気だった。
サボリたくなるけど、クラスメイトの可愛い子たちを見て
あの中に入りたいと思って、また頑張った。

可愛くなりたい。
綺麗になりたい。

もう、野々村がどうこうとういう問題ではなくなった。

モテたかっただけかもしれない。
皆に見られたかったのかもしれない。

とにかく、綺麗になりたいと。
毎日必死だった。

髪を伸ばす。
近藤さんに勧められて、先生にバレない程度にカラーリングしてみる。

ピアスを開ける。

どんどん、面白そうな事に挑戦していった。
自分が変わっていく気がした。

どうしてもっと早く行動しなかったんだろう、と悔いた程に。

制服のスカートの丈を短くしてみる。
先生に見つかって怒られても懲りずにやった。

1ヶ月ほどして、周りに
「みやのっち、ちょっと痩せた?」
と聞かれる事が増えた。

嬉しい。
成果が出た。

確かに、制服のスカートが緩くなった。
パンパンだったのを無理して履いていたのに。

そこから、どんどんエスカレートし始めた。

それはもう楽しくて楽しくて。
遊園地のジェットコースターに乗った時のような。
急速な自分の変化を、心地よいと感じていた。


ご飯はきちんと、食べていた。
野菜もタンパク質も意識して。
ミネラルも欠かさない。

運動も続けた。
歩くのが好きになり、時間ができるとひたすら歩いていた。
あの、自転車で通った図書館ですら、徒歩で行くようになった。

歩きながら、色々な事を考えた。
変わる自分。新しい生活。

野々村の事は相変わらず好きだったけど
もっといい事があるんじゃないかと欲が出た。

モテたいと、思った。
そのためには可愛くならないと。

どこで道を踏み外したんだろう。

欲張りすぎたイカロスは羽をもがれる。
そう、まさにそんな神話のように。

私の体は、何かに蝕まれていった。
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