いちばん、すきなひと。
居心地のいい場所とは何だろう。
みんな、彼氏とかいたりするのかな。
誰かとつき合ったりするのって、当たり前なのかな。

ふと疑問に思った。
お昼休み、それとなく近藤さんに訪ねてみる。

「彼氏?あぁ私はないわ。なんせ女子校だしね。」
「女子校のほうがチャンスありそうじゃん、他の学校の人とか」
近藤さんはプチトマトのヘタを手で外しながら、興味なさそうに私の質問に答える。

「んーそうねえ。一部の人はそんなのもやってたよ。」
「一部?」
「だから、あーいうグループの子たち」

近藤さんがチラリと目で、トップクラスの女子グループの机を促す。
彼女達はいつもキャッキャと楽しそうに机を囲んでお弁当を食べている。

ナルホド。
やっぱりどこの学校も、ランクは存在するよね。

近藤さんは、どうしてトップには入らないのだろう。
こんなに色々知ってるのに。
どうしてこんなフツーの私とお昼食べてるんだろう。

「あーいう輪に入るとさ、必死にやらなきゃってなるじゃん。常にアンテナ張って、話題についていこうとして。中学ん時にそれが面倒になってさ、開き直っちゃった。自分が興味あるのだけ入ればいいかなって。」

あ、ちょっと分かる気がした。

実際、私は。
彼氏がいない、恋愛経験がない事で既に彼女たちから置いてけぼりをくらった。
いや、置いて行かれたのではない。
ついていけなかったのだ。

気後れを、感じた。
それから、少し距離を置くようになってしまった。

彼女たちのグループの中でも、恋が実った事ないって人もいる。
けれど、そういう子でも必死で話題についていき、恋愛について色々学んでいるようだ。
私はそれを側で見て、少しだけ違和感を感じた。
理由は分からない。ただ、これまで頑張って背伸びして来たところの限界を感じた。


「……近藤さんの話、ちょっと分かった気がする。」
「でしょ?みやのっちは多分同じかなーって思っちゃった。」
「同じ?」
「うん、女子女子したのって苦手。」
「あー、うん。その通り」
「あの子達と話すのは別に嫌じゃないし、それなりに楽しいけどさ。四六時中一緒だと疲れるじゃん」
「うん」
私は激しく同意し、頭をブンブンと盾に振った。

「それでいいんだと思うよ、私は。」
近藤さん、大人でした。
私よりずっと、オトナです。

「……ありがと。色々勉強なった」
「みやのっちは、可愛いから無理してアゲる必要ないよ。ただ、今まで知らなかっただけでしょ」
「うん、正直よく分からなかった。どうしていいのか」
「じゃ、これからいっぱい楽しめばいいじゃん。自分のペースでさ」
「うん。じゃまたこれからも色々教えて。」
「もちろん。その代わり……」
近藤さんは、ニヤリと悪戯っぽい顔をして私を見る。
「今度授業のノート見せて。野々村や松田が見たがるノートってどんなのか気になる」

拍子抜けした。

私は思わず笑ってしまった。
「いいよそんなのいつでも見せるよ。こんなんでよければ」
「そうなの!?嬉しい。ありがと!」
彼女は万歳をして大げさに喜んだ。

普段落ち着いた感じなのに、こういう時のはしゃぎ方がとても可愛い。
近藤さんと、仲良くなれてよかった。



期末テストも終わり、平和な毎日が過ぎていった。

相変わらず野々村は学年トップで、羨ましい限りだ。
それをまた私の前でチラつかせるあたりがまた憎らしい。

「イェー俺また1番。そして通知表も安泰」
「あーそりゃようござんしたね。お疲れ様でしたっと」
「みやのっちは?」
「なんで聞くわけ?1番からしたら気にしなくていいでしょ」
「単なる興味。俺みやのっちにいつ抜かれるかとヒヤヒヤしててさー」
「何それ嫌味?」
「なんでそー言うんだよっ。俺はみやのっちの賢さを知ってるんだからな」
「はいはいそーですか、買いかぶっていただけてるようで。」
「だから教えて。」
「嫌」

配られたプリントと通知表をカバンに入れ、部活に行く用意をする。
明日から、夏休みだ。

「みやのっち冷たいねー」
野々村の腹立つ声がする。
松田は後ろでニヤニヤしてるだけだ。
それもまたしゃくに障る。

「みやのっち、夏休みの予定は?」
教室を出ようとする私に、松田が声をかけた。
なんで予定なんて聞くのだろう。

「美術部も活動あるよ。ほぼ毎日来ると思う」
「そ、じゃまた学校で会うな」
「そーだねーでも私、部室から出て来ないから会わないかもよ」
「マジで?じゃ今決めようぜ」
「何を?」
「先生の家、行くって言ったじゃん」

あ、そうだ。
すっかり忘れていた。
先生ゴメン。

中三の担任。結婚して春には新居に……と言っていた。
それは行かないと。奥さんの顔も見たいし。

「ホントだ。いつにしよう?」
「……オマエ絶対忘れてただろ」
野々村が冷たい目でこっちを見てる。
「んなコトないない」
私はつくり笑いでごまかした。
バレたかな。

「じゃーオレらの練習のない日でーーー8月は合宿あるしなぁ。忙しくなる前にってコトで来週は?」
「早!」
松田の勝手な提案に思わず率直な感想を述べてしまった。
「何?早かったら困る?」
「いや、別に困らない。部活も自分のペースで行けばいいから大丈夫」
「じゃ決定。来週の金曜26日の午後1時に校門前!」

勝手に決められた時刻と場所に、私は首をひねる。
「え、何で学校?」
「オマエ何も知らないんだな。先生の家ここから徒歩10分。で、オレら12時まで練習だから」
「えー!!」
そんなに近所でしたか。
そりゃすみませんでした。

「んじゃそれで決まり、な」
野々村がまとめる。

「オッケー」
「じゃお互い部活がんばろー」

三人で盛り上がって教室を出る。
その後ろ姿を見て、クラスメイトの一部がヒソヒソと何か話していた。
私は気にせず、部室へ向かった。


桂子にメールを送る。
隣町だけど、何とか会えないかと。
久しぶりに会いたい、そして一緒に先生に顔を出したい。

変わった自分を見せてちょっと驚かせたい。

返事が来るのを待ちながら、部室へ入る。
まだ、誰も来ていないようだった。


美術室の匂いは独特で。
静かな空間と相まって、私を落ち着かせてくれる。
とても好きな部屋だった。


夏の間にひとつ、作品を残す事になり。
コンクールに出すらしい。

画材は自由。テーマも自由。
伸び伸び描いていいとの事だった。

先日、何を描くかは決めた。
窓から見える景色。
夕方になると太陽の光が差し込むこの窓の、木々の眺めが好きだ。
今は青々と茂るこの葉も、きっと秋にはそれぞれの色を纏う。
その葉の隙間からこぼれる陽の光ーーー情景を想像してワクワクした。

早く描きたい。

そんな思いで真新しいキャンバスに鉛筆を走らせる。
その時、ガラッと扉の開く音がして、驚いたような声がした。

「あれ、宮野さん早いね。」
一つ上でーーーこの美術部の長、田村先輩。
彼は美術部に居るのが惜しいくらいの人気者、らしい。
部長と同じクラスの美人先輩である奥田さんからの情報だ。

彼女の話から察するに、奥田さんはきっと田村部長に好意を寄せている。

分からなくもない。
田村先輩はとても人当たりがよく、爽やかで優しい。
私が一人でこの部室に来た時も、快く案内しれくれた。
美術部に彼目当てで入部した人も数名、知っている。

「あ、田村先輩こんにちはー奥田さんは一緒じゃなかったんですか?」
「奥田?あぁアイツは委員会だよ。遅れてくるって。」

田村先輩は私のキャンバスを見て目を丸くする。
「もう描くもの決まったの?早いなぁ」
「この部屋に来た時から、描いてみたい絵があったんです。でも時間かかりそうだったので……」
「だから夏休みにしたって訳か。いいね。」
「頑張ってこの夏で描きます」
「みんな気楽にやってるから、宮野さんも無理しないでね」
「はーいっありがとうございます」

そう返事して、再度下書きに取りかかる。

その後、バラバラと部員がやってくる。
「こんちはー」
「いよいよ夏休みだねー」
「何描く?コンクール」
「どうしようかなー何にも思いつかないー」

楽しくワイワイ話す友達や先輩の声を聞きながら。
自分のペンを進める。
とても、落ち着く。

昔から絵が好きなので、とにかく描いている時間が幸せだ。
時間も忘れて、キャンバスに向かった。

夏休みが、始まる。
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