いちばん、すきなひと。
夏休みだけど、毎日学校へ行く。
中学の頃とさほど変わらない習慣。

美術部の活動は、基本的に自由参加だ。
午前中で帰る人もいれば、午後からの人もいる。
集中したい時は、お昼持参も可能らしい。

私は、午前中に宿題を済ませたいので
午後からの参加にしていた。
午後のほうが時間もたっぷり取れるし、気が乗らない時は途中で帰れる。

とにかく、作品を描き上げさえすれば良いのだ。

田村部長も、同じリズムらしく
午後から顔を合わせる事が多かった。

少しずつ、色が入り形になって行く様子が
とても、楽しかった。
そして。
部長の絵を描く姿を見て、技術的に学ぶ事も増えた。

毎日がとても充実している。




あっという間に、約束の日が来た。
桂子も来れるというので、この日は部活を休んで朝から会う事にした。
駅前のファストフード店で、やってきた桂子を見て思わず頬が緩む。

「みやちゃーん!久しぶりー」
変わらない桂子の声なのに
以前より大人っぽくなった彼女に気後れする。
「ひ、久しぶり……。桂子綺麗になったね。」
「えーっ全然変わらないよー?私なんかよりみやちゃんの方が変わったよね⁈」

桂子は私の頭から爪先までしっかり眺めながら言う。
面と向かって変わったと言われると、残念な方向に捉えてしまう。

「そう?そんなに変わってないと思うけどなぁ……松田にも変わったって言われたんだよね。変……かな?」

桂子は首を横に振り
「ううん、可愛くなったよ!いい感じ。」
と、ニッコリ返してくれた。
ホッとする。

「そう?じゃ安心した。変な方向に突っ走りすぎたのかと思ったよ」
私が安堵のため息をもらすと、彼女はケラケラ笑いながら私の背中を叩く。
「何それー変な方向って。みやちゃん高校楽しそうだねぇ。そういやちょっと……痩せた?」

「んーちょっとだけ痩せた、かな?元が元だからねー。そうそう!また野々村と松田が同じクラスでさー……」
久しぶりの再会に話が尽きない。

気づいた時にはもう、時計の針が12時半を指していた。
「いっけない!1時に校門っ」
慌てて二人で学校へ向かう。

学校の前で、二人は既に待っていた。
「ごめーん!ちょい遅れた」
息を切らせて走ってきた私を見て、松田がからかう。
「美術部入って体力落ちたんじゃね?どんだけ必死で走るんだよ」
「うるさいっ、こっちは待たせるの悪いと思って走ってきたんだよ。運動はそれなりにやってます!」
私の言葉に松田はへえ、と驚く。

美術部だからってバカにするんじゃないわよ。
健康のために毎日ウォーキングしてるっつーの。


野々村はそんな私たちのやりとりなど全く気にする事なく、桂子との再会を喜ぶ。
「桂子ー久しぶりー。変わったなー」
「久しぶりだねー野々村メガネなくなったんだ。コンタクト?」
「おー、よく気付いたな。いいだろ?」
「メガネに慣れてるから間抜けな感じ。ひゃはは、寒いー」
桂子が指差して笑う。その様子が可笑しくて私もつられて笑った。

「んだよそれ。俺はいいと思ってんの!」
拗ねる野々村を松田がなだめて、ようやく四人で歩き出した。

先生の家は、事前に野々村が確認済みだと言う。
「えっと……確かこの辺りなんだよな」

少し歩いて、住宅街に入る。
新築の家が数件並んでいるのを、ひとつひとつ確認してまわり見つけた。

ピンポーン

チャイムを押すとすぐに、先生が玄関へ出る。
「おー、よく来てくれたな。」
「せんせーこんにちはー。そしておめでとうございます!」
皆で声を合わせて、プレゼントを渡した。

観葉植物ーーー幸福の木。
手で持てる大きさにしたので、少し小ぶりだ。
ベタな選定だけど、私たちにとってはベストセレクトだった。

「おーマジかおまえら。気が利くなぁ、ありがとう!」
先生は私たちの顔を一人ずつ見て、嬉しそうに笑った。

さっそく、家にお邪魔する。
中では、綺麗な奥さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。暑かったでしょう」

テーブルには、冷たいジュースとお菓子が用意されていた。
奥さんに自己紹介をして、今度は逆に先生との馴れ初めを聞く。

和気あいあいと、楽しい時間を過ごした。

夕日がリビングに差し込むのを見て、私たちは帰る事にした。
お礼を言って、また来る約束をして。

四人で、来た道を戻る。

「先生、幸せそうだったなぁ」
松田が噛みしめるように呟く。

「あの先生にはもったいないくらいの美人」

私と野々村は同時にそう発言し、互いに顔を見合わせた。
皆で爆笑。

幸せそうで何より。

その帰り道を楽しみながら、私はずっと優子の話が心に引っかかっていた。

「一番好きな人とは……一緒になれないんだって」

本当にそうなんだろうか。
じゃぁ、先生にも奥さんにも
本当に一番好きな人は別に居たんだろうか。
じゃ、どうして結婚できるんだろう。

分からない。



最寄りの駅まで桂子を送り、三人で帰宅の道を辿る。
この二人とこうして並んで帰る日が来るとは。
なんだか中学の頃を思い出す。
少し前の事なのに、随分昔のような気がする。
教室に居る時と変わらない、くだらない会話。

空が、綺麗なグラデーションを出していた。

私たちは、太陽を背にして歩く。
後ろから、赤い光が私たちを照らす。
その赤が、オレンジになり、紫になり、私たちの頭上の薄い空色に届く。

ふと、この状況を絵にしたらいいのではと閃いた。
三人はシルエットで、夕日を背に真っ直ぐの道を歩く。

今描いてる絵が完成したら、次はこの絵にしよう。
そう心に留めて、三人の時間を楽しんだ。



野々村たちと別れ、一人で家まで歩く。
後ろに誰か歩いている気配がしたけど、全く気にしてなかった。
不意に、肩を掴まれた。
知り合いかと思って振り向くと、まったく知らない人。

誰?


「……静かにしろ」


なんだか物騒な予感がした。
手にはーー何も持ってないようだ。
これは……逃げた方が良さそう。

でも、足がすくんでしまっている。どうしよう。

「……アンタ誰?くだらない事しようとしたら大声だしますよ」

落ち着けと自分に言い聞かせて
冷静に、話そうと意識する。

幸いな事にここは住宅街だ。大声のひとつやふたつだせば誰か出てきてくれるだろう。
でも実際は、恐怖で声なんて出せるはずがなかった。

あれは、訓練しないとできないと痛感した。
そうだ、携帯の防犯ブザー……

と、持っていたバッグに手を入れて携帯を探そうとしたら
急に視界を塞がれた。

怖い。
誰かーーーー


「宮野さん!」

男の人の、声がした。
その瞬間

ガッ

頬に鈍い痛みが走り、私はその勢いでバランスを崩し尻餅をついた。

何がなんだか分からない。
一体何が起きたのだろうか。


見知らぬ男はその場から走り去っていた。

「な……に……」

状況も分からず、ただ恐怖だけが残る。

「宮野さん!大丈夫?」
遠くから誰か走ってくる。
頭が上手く反応できずに、ぼんやりとそれを眺める。

誰?

その人は両手で私の肩を優しく掴み、顔を覗き込んだ。
「……僕だよ、分かる?」

あ。
見知った顔に安心したのか、意識がはっきりして視界がクリアになる。

「……田村部長?」
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