いちばん、すきなひと。
大事な事を先送りにするクセがある。
案の定、式が終わり教室に戻る所で。
「間に合ったー!」
松田が、滑り込んできた。

間に合ってないよ確実に。

「あーマジでヤバかった。野々村の電話無かったら確実にアウトだったわ俺。」
そう言って、約束ーー命令通りロイヤルミルクティーのペットボトルを野々村に手渡す。

「だろ?感謝しろよな。」
ほらみろ、と勝ち誇ったような態度で私をチラリと見る。
「このミルクティーにはモーニングコール代金も含まれてるっちゅー事だ」

「あ、そ。」

くだらない。

松田が来るまで待てとは聞いたが
別にそんな話わざわざ待ってまで聞く事じゃなかったろうに。

結局、つまるところ。
私には一銭も渡す気はないという事か。

腹立つ。

私の握りこぶしに力が入った時、野々村は蓋を開けてグイッと飲んだそれを
「はい。一口」
「……え?」
まったく意味が分からず、ポカンとする私に彼は
「だーかーらっ、コピー代だろ。オレのモーニングコールと半分こな。」

えっと、つまりそれは。

このミルクティーを
二人で飲むということだろうか。

ほれ、とグイグイ押し付けられて断りきれず受け取る。

か、間接キス。

「早く飲めよ、そして早く俺によこせよ。チャイムなっちまうじゃねーかっ」
私の戸惑いなどお構いなしの様子だ。

皆、こういうのって気にしないの?
今ドキ小学生くらい?
私の知識が乏しいだけでしょうか。

それとも?


あぁ駄目だ、変なことを考えてはいけない。

コイツは私なんか恋愛対象じゃないハズ。
考えるだけ無駄、だ。
そう自分に言い聞かせて。
手に持ったそれを、ゴクリと飲む。

腹立つから一口じゃ済まさない。
三回、四回……
五回目でさすがに横取りされた。

野々村は何も臆することなく残りを飲む。
それが、ごく自然な雰囲気で。
変な感覚に陥る。


……私は何やってるんだろうか。


松田は黙々と問題集の答えを写している。
「それで終わるの?宿題」
思わず聞いてしまった。
各教科のワークは、結構な厚みだ。
間に合わないとはどんな状態だったのか。
「おーよ、みやのっち助かったわーありがとなー」
机から目を離さずに礼を言う。
必死だなこりゃ。

「俺に礼はないのかよ。」
野々村の催促にも動じない。
「オマエにゃソレで充分」
短く答えて、松田はまた人間コピー機と化した。


職員会議が長引いたとか何とかで。
担任が少し遅れて入ってきた。
「っしゃー間に合ったー」

どうやら松田は運がよかったようだ。
ガッツポーズで、野々村にノートを返す。

「一年からこれじゃ先が思いやられるな。」
オマエもだろ、と言いたくなったが
また無意味な脱線会話が始まるだけだと気付いて
必死で堪えた。


ホームルームも終わり、帰り際に
トップにいるキラキラ女子の一人が声をかけてきた。

「みやのっちー痩せたねーなんかキレイになったねー!何かあったの?」
女子って……ホント鋭い。
私が鈍いだけなんだろうか。

「えーなんにもないよー。いい話あったらベラベラ喋りたいくらいだよー」
これは本心。
私だって、皆と恋バナで盛り上がりたい。

だけど。
私の中で、まだ消化しきれてない部分が多すぎて。
堂々と言えない。

「あははーみやのっちにイイ話期待しとくー」
軽いやり取りでその場をやり過ごす。
だけど、近藤さんといい彼女といい
私が変わったと言う。

本当に、変わったのだろうか。
間に受けていいのか。

本当なんだとしたら、ものすごく嬉しい。
それは自信になる。

私が、部長の隣にいてもいいんじゃないかと思えるように。

そして同時にーーーー

野々村にも、対等になれるんじゃないかという期待。


何を、考えているのだろう私は。
自分の考えに少し嫌悪感を抱いた。




「みやのっちー、今日空いてるー?」
同じ美術部の由香が、教室に顔を出した。
「あーごめんっ、今日予定あるんだー」
我に返り、そう返事して彼の事を思い出す。

「なんだー残念っ。じゃまた明日ねー」
由香はそう言って去っていった。

午後に部長と会う約束をしてるーーー
堂々と言えなくて、申し訳ない気持ちになる。
こんなに素敵な事なのに、嬉しい事なのに。
皆に言えない自分が、少し残念。

きっと、もう少し。
もう少ししたら、言えるはず。
私の迷いも、ふっきれるはず。





帰宅して、気持ちだけ昼食を口に入れる。
緊張しているのだろうか。お腹がすかない。
母も珍しく思ったようで
「最近、ホント少食だけど……大丈夫なの?」
「ん?あぁうん大丈夫。毎日元気だしっ体調はイイくらいだよー」
変に勘ぐられるのは恥ずかしいので、何でも無いそぶりを装う。

午後から出かけてくると伝えて。
自分の部屋へ戻った。
何着よう、ちょっとくらいメイクしてもいいかな。
どの香りを付けよう。爽やか系?フルーツ系?
鏡の前であれこれ考えるのが楽しい。

ひととおり用意ができた頃に、電話が鳴った。
素晴らしいタイミングです、田村さん。





駅前で待ち合わせて、映画館に入る。
見たかった映画のチケットを偶然もらったと言っていた。
「飲み物、何がいい?」
「……オレンジジュース……あっいいですよ自分で買いますから」
「オレンジ二つ。」
私が財布を出す前に、彼は飲み物を二つ手に抱える。
「ちょうどいい時間だね、行こうか」

馴れてる、と思った。
彼はきっと、何度もーーーーこういう事をしたことがあるんだろうな。
少し、気後れした。



映画は、とても切ない恋愛モノで。
ハッピーエンドではあるけれど、私はひたすら泣いていた。
部長に泣いているのを気付かれたくなくて、静かにハンカチで目元を押さえる。
ウォータープルーフのマスカラって本当に大丈夫なのだろうか。
そんな余計な事まで考えてしまう。

数時間後、私達は駅前のコーヒーショップに座っていた。
「……部長ってあんな恋愛モノ好きなんですか?」
ふと聞いてみた。
意外ではないけど、なんかしっくりこない。
「……切ないの、好きだよ。理由は上手く言えないけど。」
さらりと答える。
「まぁ、部長がバリバリのアクションを見てるイメージもないですけどね」
私は笑って、カフェオレを一口飲む。
「そう?俺、意外と何でも見るよ。映画は結構色々見てる。麻衣ちゃんはあんまり見ないの?」
「うーん、友達と話題になる分は見てますけど……部長ほどは見てないと」
「そうなんだ。話題になるのってどんなヤツ?」

それから、しばらく映画談義に入り。
時間はあっという間に過ぎた。

駅の近くは、可愛いお店もたくさんあって。
色々見たい気持ちもあるのだけれど。
部長につき合わせるのが申し訳ない気がして、自分の気持ちに蓋をした。

それとなく、手を繋いで。
日暮れの道を歩く。

彼の手は温かくて、安心する。
こんな何の経験もない素朴な自分の存在を、受け入れてくれる。
こんな素敵な人が、いるんだ。
しかも自分の隣に。

もうすぐ、家が見える。
帰りたくない。
そんな気持ちを引きずったまま、家に着いた。
軽く唇を合わせて、またねと手を振る。


後ろ姿を見送る。
途中、振り返ってーーーまた、手を振る。


頭のどこかで、冷静な自分がいて。
何少女漫画みたいな事やってんだよ、と言う。
だけど、たまにはいいんじゃないかと言う自分もいて。


あれこれ考えないといけない事があったはずなのに
全て知らないフリをした。
この切ない甘い感情に、浸りたかっただけなのだ。
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