いちばん、すきなひと。
やっぱり、くだらないやりとりを続けてしまう。
教室について。
荷物を下ろすとやっぱり。

「みやのっちー」
手をクイクイッと動かして、催促してきやがる。

「…………」
私は黙って、ノートを渡した。
「やった、サンキュー」
野々村はニカッと笑って、席について問題集の答えを写し始めた。

コイツは一体何なのだろう。
私は今まで一体、コイツの何を見て来たんだろうか。
最近は、都合のいいように扱われてるような気がしてならない。

でも。
これまでの事を振り返るとーーーーー
全てを否定できない自分がいる。

人の距離って、どうなっているんだろう。
夏休み前までは、野々村と近い距離にいると思ってた。
いや、夏休み中も数回、会っている。
部活の往来で出会うからだ。

だけど。
この夏休みの間に、何かポッカリ穴があいたような。

思い当たる節は、もちろんある。
だけど。

掛け間違えたボタンのような
ひとつ外れた歯車の、違和感を拭えない。


部長の笑顔が、浮かぶ。
胸が痛んだ。

私は、部長と一緒にいたいと言ったんだ。
彼の事が、好きでたまらない。

今でも、彼の声を思い出すだけでソワソワする。
同じ学校にいるのに、遠い。
だけどまたすぐ会える。
早く会いたいと、思う。


なのに。
「……松田、来てないな。」
私の思考を遮るかのように、野々村はペンを走らせながら言う。
「ホントだね。大丈夫かな。」
「電話するか」
そう言って。彼はポケットから電話を取り出し。
連絡帳を開いて松田の番号をタップする。

「ホイ。」
そしてそれを私に手渡したのだ。

「えっ?」
「電話。出て」
なんで私が、とは思ったけど。
ディスプレイが通話中になっている。

「……もしもし?」
「おー……って誰?……あ、みやのっちか?」
松田の曇った声がする。
「そー、どうしてんの?学校始まるよ」
「んー寝てた。ヤベ、遅刻じゃんオレ」
「そだね。頑張って来なよー式始まるよー」
「てか、何でみやのっちが野々村の電話なワケ?」
「知らん。今教室で急に渡された。」
「……ふーん。ま、いっか。じゃ俺チャリで今から行くから、ノート貸してね」

またコレだ。
ったくどいつもこいつも……

「今さ、野々村が写してるから。それ見せてもらいなよ。私はもう提出する」
「えー!!マジでー!」
「どっち見ても一緒でしょ。写しの写しなんだからっ」
つい自分の電話のように使っていたら
ふいに耳元から取り上げられ
代わりにノートが手渡される。
「っつーコトだ。今ノート返したからな。オマエは観念してオレのを写せ」
「うえーサイアクー」
「んなら俺も見せないってコトでいいか」
「あーっ!それは困るっ!お願いします野々村サマ……」
「よし、じゃ早く来いよ。あと俺ロイヤルミルクティーな。」

松田に奢らせる気だなコイツ……
人のノート写しておいてよくやるよ全く。

そういって松田の抵抗むなしく、通話ボタンは野々村に押され沈黙を取り戻した。

「っしゃ。ミルクティーゲット」
「……アンタせこいね……それなら私にも貰う権利あるんじゃない?」
「え?」
「だって私のノートでしょ、それ」
「いやコレは俺の」
「だーかーらっ、中身は私のを写したでしょ。コピー代金は?」
私は野々村に掌を見せて、要求した。

「……っしゃーねーな。」
なにやらゴソゴソとポケットを探り、私の手にポンと乗せる。
銀色の……
メダル。
「ちょっ、百円かと思ったのに……!」
私はちょっと恥ずかしくなった。
お金と間違えるとは……

野々村はひゃっと笑って。
「いいだろ、そこのゲーセンで遊べるぜ。これで増やせば百円分くらい遊べるんじゃね?」
「るさいっ!要らねーよバカッ。ってか、百円でも足りんだろうが」
「へ?何で?」
野々村はキョトンとしている。

「アンタ松田からミルクティーって……百五十円くらいするじゃないのさ!なのにアタシが百円もらったとしても五十円マイナスじゃんよ。」
「細かいねぇみやのっち。シワ増えるよ」
「うるさいっ!シワなんぞ無いっ」
今にも噛み付かんと私が怒るので、野々村は両手を上げて降参のポーズを取り。
「分かった!じゃ松田が来るまで待ってろ」
「?」

式が始まる。
松田は、来ない。

そりゃそうだよな。
チャリで来てもおそらく。バカ正直にコンビニでミルクティーなんぞ買ってきたら
到着予定は式の終わりだろう。

どのみち、今から真っすぐ向かっても間に合わない。
式の最中に入れないし、先生にこってり絞られるだけだ。

自業自得。
だけどちょっぴり不憫な松田を思って、小さく溜息を付く。

体育館に集まる。
思わず、二年生の並んでいるところを探してしまう。

ーーーーいた。

彼は、友達と楽しそうに小突き合って笑っている。
私といると、大人っぽいけど
ああやっている時の顔は、少年だ。

見ててちょっぴり、ほっこりする。
「顔。にやけてるよ」
気付くと近藤さんが、私の前にいた。
慌てて思考をこっちに戻す。

「誰、見てたの?ヤケに幸せそーな顔してたけど」
近藤さん、スルドイ。
「……秘密」
「えーなんで?ちょっとくらい教えてよ!さては……夏休み、何かあった?」
「ないない」
凄い人です近藤さん。言い当てられそうで怖い。
私は冷や汗をかきながら、否定した。

「絶対あったでしょ。みやのっち見たら分かるんだからねー」
「?どういう事」
「だって、可愛くなってんだもん。ちょっと見ない間に」
「えっ」
「それは、努力云々じゃない気がする!さてはカレシ出来た?」
「ちょ、ちょっと……」
近藤さんが面白がって探ってくる。
ウッカリこぼしてしまいそうだ。

でも。色々楽しい事を教えてくれたから
近藤さんには言ってもいいかな。
「あ、式始まるよ。ホラ、見つかったらヤバイって」
私達は何事もなかったかのように、列に並んだ。

そっと、もう一度。
彼を見る。

目が合った。

向こうも、私を見ていた。
心拍数が急激に上がる。
あぁこれはいけない。

私は作り笑いのような、少し引きつった笑みをする。
彼は向こうから、小さく手を振った。
周りに気付かれないように、さりげなく。

私も思わず反射的に手を小さく振る。
こんな事でも嬉しい。

と、その視線の先に。
「ーーー誰に手ェ振ってんだ?」
野々村が割り込む。

「いいでしょ、別に誰でも。」
私は視線を野々村に戻してーーーー冷たく言い放った。
「みやのっち相変わらず冷たいねー」
「ええどうもおかげさまで」
「そんな所も変わらず。俺は安心しますですよ」
「は?」
「みやのっちが怖くなくなったら面白くないじゃん」
「あーのーねー、人をまるでおもちゃのように」
「いいでしょ。おもちゃでも」
「はい?」
「みやのっちはー俺のおもちゃだろ?」
「はい?」

コイツ、何を言ってるんだ。
「あれ、同じ返事」
野々村がトボけるので、私も敢えてそれに乗った。
「……私、耳が遠くなったようで……何も聞こえないんですけど」
「残念!そうかーそれは残念だなー」
何が残念だ。

コイツと会話してたら途中で脱線して何の話か分からなくなる。
それが面白くもあるんだけど。
今の私には余裕がないので、逐一イライラする。

こういう時はスルーに限る。
その後、野々村が何か言ってきてたけど
私は耳を貸さなかった。


この、くだらないやり取りを。
楽しくやってしまう事に、少し罪悪感を感じる。
その少し先に、彼の目線を感じた。
目を合わせる余裕が、私にはなかった。
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