いちばん、すきなひと。
おもしろくないハナシ。
それからも、毎日とはいかずとも
桂子の元カレーーあっちゃんと
しょっちゅう、電話をした。

くだらない雑談から過去の恋愛話など
いつもの軽いノリで時間を忘れて話し込んだ。

それでも私にとっては、やっぱりこの人は桂子の元カレであって
恋愛対象には、ならない。

でも、こういう気楽な関係がいいかもしれない。
楽だ。

野々村とも、もう駄目だろう。
アイツと夜中に電話なんてした事ないし。

彼のおかげで、私も少し気が晴れた。


新しい、恋を見つけたい。
そしたら相談はあっちゃんにしよう。
男友達っていいんじゃないだろうか。

そんな風に、思っていた。


「そういやさーみやちゃんって進路決まってんの?」
突然、あっちゃんにそう聞かれて。

「え、まだ漠然としてるよ……」
「ふーん、そっか。俺も全然決まってないけどね」
「じゃ何で聞くのさ」
「いや、何となく。目標とか持ってそうじゃん」
「そう?そんな真面目に見える?」
「うん、みやちゃん真面目そう。」
「よく言われる」
「言われるんかい!少しは訂正するとか謙遜とかないの」
「本当の事だから認めるよ」
「……あ、そうですか……」

その後溜息をついて
「あー俺、そっちの大学受けようかなー」
なんて言ってきた。
「そうなの?そんなイイところあったっけーこの辺」
「ないの?」
「知らない」
「みやちゃん、ホントに進路考えてないの?大学とか……」
「うーん……」

正直、考えてなくも、ない。
美術系に進みたい。
ただ、それだけ。

「もう夏休みじゃん、目標決めておかないとマズくない?」
「そうなのかなぁ?」
「ヤバイっしょ」
「そうか……じゃ考えるか」

呆れるような溜息の後に、クックッと笑う声がする。
「何で笑ってんのさ」
「いや、みやちゃん面白いよ」
「え、何で」
「可愛いじゃん。なんか」
「またまたー」

私はベッドに腰をかけて喋っていたのだが、
思わず後ろに倒れ込んでそう言った。

「そんな言葉ホイホイ使うモンじゃないよー」
「ホイホイ使わないって。いやマジで」
「よく言うよ。もっと他の子に使いなさい勿体ない」
受話器の向こうで吹き出す音がする。
そんなにツボッたのか。

「勿体ないって……つくづく、みやちゃんて自分を下げるよね」
「そう?下げてないよ。頭いいとか真面目とか認めてるし」
「いやそこちょっと違う……」
「え、違う?」
「イヤそうじゃなくってさ……ああもう!」
のらりくらりとしたいつもの会話に苛立ったようだ。
彼は、静かに息を吸って告げた。

「みやちゃん、俺と付き合ってみない?」

は?
今、何ですと?

「……はい?」

「いやだから二度も言わせないの。俺と、みやちゃん。付き合ってみませんかって」

何を言い出すのだこの人は。
少しばかり心臓がドキドキしてしまったではないか。

「ごめん却下」
「返答早っ」
「だって桂子の元カレじゃん」
「何それ、そんなの関係あるの?」
「うーん、ないっちゃ無いけどあるっちゃある」
「どーいう意味ですか……」

だって。
メンドクサイ。
とは言えないが。

「本気度が足りん。桂子のついでっぽくてヤだ」
「んだよソレ、ついでなんかじゃないって。きっかけは桂子だけどさ」
「それにしても立ち直るの早いね。」
「そりゃいつまでも引きずっていたらダメでしょう。相手にも悪い」
そこは同感。

「みやちゃんフリーなんでしょ?いいじゃん。寂しいモンどうし」
「そーいう傷のなめ合い的な付き合いは嫌」
「俺はみやちゃん好きになっちゃったからいいじゃん。」
「私は違う」
「じゃ、一緒にいたら気が変わるかもしれないよ」
「しつこい」
「ホントに直球ですねみやちゃんセンセー」
「うるさい」

ホントにコイツは軽々とよくもまあそんな台詞を言えるモンだ。
呆れる。

だけど。
いつもそれに彼を重ねてしまう自分が
もっと酷い。

「……ごめん。ホントの話。正直、あっちゃんは面白いし電話も楽しいんだけど。友達の元カレと付き合う神経は私にないよ。桂子との友情が大事。それと……アンタ似てるから辛い。私の好きな人と」
これくらい言わないと食い下がってくれなさそうだ。

自分の本心を人に話すのは好きじゃない。
平気なフリをしたいのに。
でも逆に、彼だから言えるのだとも思う。
この人の前では正直でありたい。
彼が私にそうであったように。

「……そうなんだ。じゃ、いいじゃん。その人のつもりで会ってくれても」
「それは私が嫌。あっちゃんに失礼だわ」
「んな事ないよ。いくらでも利用してくれたらいいのに」
「だからそれは私が嫌なの。」
「真面目だねーみやちゃん」
「そゆこと。分かった?」
「俺がみやちゃんのタイプだって事は分かった。」
「あーのーねー」
私が唸っていると、電話の向こうで彼が笑う。

「ありがと、真っすぐなみやちゃんいいね。俺マジそーいう人好き。ま、今回は諦めるけどさ」
「今回どころかずっと諦めてくだされ」
「へいへい、分かりましたっ。俺もタイプなら可能性はゼロじゃないって事でしょ?」
踏み込んできますね、この人。

「……訂正する。私の好きな人はそこまで踏み込まない。似てないっ」
「そっかー残念。俺、みやちゃんにも振られちゃったしズタボロじゃん」
「だから、そんな軽いノリでそんな事言わないっ」
「リアルに言ったらみやちゃんも凹むっしょ」
鋭い。

ウッカリ黙ってしまった私に、彼はふっと笑って
「……あ、今ちょっとマジに受け止めた。」
「るさいっ!人を振り回して楽しまないの!」
「あー面白かった。俺がみやちゃん好きんなったのはマジだよ。だけど諦めるわ。これ以上無様になりたくねーし。」
「そだね。そのほうがいいよ」
「あれ、珍しく寂しげな声」
「……だーかーら、そんな風に言わない!」
「あはは、ごめんつい。じゃ、もう用件済んだし切るぞ」
「え、あ。うん。」
「またな」
「うん。またね」

また、なんてない。
そう、分かっていたけど。

いつも通り、電話を切った。


どうしてこう、私のまわりは
うまく回らないんだろう。
歯車が、外れっぱなしの気がする。


面白くない。
非常に、不愉快。


もうすぐ、夏休み。
何か、違うことをしたい。
何もかも忘れて。




「……という事で、宮野さんは全く成績には問題ないのですが……」
期末テストの後は、三者面談。
進路について問われる。
「そろそろ、目標を定めないと中途半端になってしまうんじゃないかな?」
遠回しに、先生が言う。
「……美術系が、いいです。」
母はやっぱりか、と溜息をつき
先生はなるほど、と腕を組む。

静かな放課後の教室。
各クラスで、それぞれに話し合いが行われている。

「……まぁ、美術系ならさほど学力も関係ないだろうしね……そうなると技術系をきわめておかないと厳しいんじゃないのか?美大ならデッサンは必須だろう」
「そう……ですね……」
美術系の受験対策に、デッサンを中心に教えてくれる美術学校もある。
ただ、学費が高いのだ。
そんな所にワザワザ通ってまで画力を極めて何になるのだろうか。
分からない。

「先生としてはだな、宮野ほどの学力の持ち主ならもっと上の大学を目指してもいいんだぞ。」
「……美術は趣味でも充分楽しめるじゃない。大学に行きながらでも」
先生と母が交互にそう言う。
そう言われると、もう何も返事ができない。
まだハッキリ決めたわけでもないのにコレだ。
じゃ、アンタたちが決めれば、と反発してしまう。

私の言った言葉に返答するなら、最初から聞かないでほしい。
あたかも私が自ら選んだかのように見せかけて
責任をなすりつけるような結果にするのは勘弁願いたい。

「……そう、ですね。」
適当に返事をする。
早く帰りたい。

絵が、書きたい。
思いの丈を、キャンバスにぶつけたい。
何か、底から沸いてくるものがあった。

吐きそうだ。

「期末の結果も、学年で6位だ。今のまま頑張ればまだまだ伸びるし、行きたい学校も選べるぞ」
「はい。そうですね。がんばり、ます」
感情を込めた返事は無理だ。
上辺だけ。

別に、どうでもいい。
ただ、無駄にしたくないだけ。
時間を。

好きな絵だけを描いて過ごせるならいいと思った。
下手に勉強して趣味の時間までつぶれるのだけは願い下げだ。

だから、美大を選ぶのは
間違っているのだろうか。


「……美大はお金もかかるのよね……」
帰り道。母が独り言のように呟いた。
おそらく、私に言ったのだと思う。

そうか、そういう事か、と思った。
母は、私にお金をかけたく、ない。
当たり前か。
さして裕福な家計でもない事は承知している。

でもそれを、あからさまに告げるのは果たしてどうなのだろうか?
大学へは、奨学金だってある。
学びたければどうにでもなるモンではないのだろか。
私が、甘いだけだろうか。

何か、黒い感情が渦巻く。
早く吐き出さなければ。
絵を描きたい。

それ以降。私は両親に
進路について話さなくなった。
言っても無駄と思ったのだ。

もう、どこでもいい。
私が私でいられるなら。

ちょうどその時に、気付いた。
自分の体調の悪さに。
貧血だろうか。
毎月くるはずのものが、こなかった。
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