いちばん、すきなひと。
突然、変わる。それはそれで、困る。
桂子の彼氏、あっちゃんとの電話が
ある日から急に途切れた。

順調なのか、何かあったのか。
分からないけど、私は部外者だから気にしないでおこう。
きっと、何かあればどちらかの電話が来るはず。

来ないというのは平和なのだろう。
そう思って、私は目の前の進路相談や勉強に勤しんだ。

まだ、進路は決まらない。
そろそろ、期末テストもやってくる。
気付けば、制服も半袖になった。

あの、夏休みがまたやってくる。
蒸し暑い風を感じると、思い出す。
あの時の事を。

もう、涙は出ないけど
やっぱり物悲しい何かが、胸を締め付ける。

そんなしんみりしていたある晩。
電話が震えた。


時計を見て
いつもの時間だと確認する。
この時間はーー

「……もしもし、みやちゃん?」
あっちゃんだ。
桂子の彼氏。

「あら、どーしたのー久しぶりねー」
ワザとらしくおどけた声で答えてみる。
「……ふふ、久しぶりだねー」
声が低い。
「……何か、あったのかしら?」
近所のオバチャンのように、聞いてみる。
あくまでオフザケの範囲だ。
シリアスは、ごめんだ。

「桂子に……振られちゃったーはは。」
おっと、そう来ましたか。
少し予想外だったけど、なんとなく分かる気もして。

「ありゃ。それはそれは。」
ほどほどに返事をする。
「みやちゃーん、なぐさめてー俺マジ凹んでる」
「だろうね。ヨシヨシ、オバチャンになんでもいいなさい。聞いてあげまショウ」

それから。
二人の別れへのいきさつを聞いて。
やっぱり最終的に、タイプじゃないって話になる。

そりゃそうだ。
桂子からしたら疲れるんだよな、この種の人間って。
分かるよ、桂子。

でも。桂子より先にこの人が電話してくるとは……
少し残念な気もする。

だけど、私も部長との事、誰にも言わなかった。
言えなかった。
きっと、桂子もそうなんだと思う。
私達は全然違うようで、似ている。

だから、程よく付き合えるのだ。
必要な時にだけ、連絡を取り合って。
必要以上に付き合わない。

それはあくまで友達だからできるのであって
彼氏となると別だろう。

話しながら、電話越しに鼻をすする声がした。
「……そりゃ、どうしようもないね。」
振られた相手にかける言葉なんて、知らない。

「うん、しょうがないんだよな……あー好きだったのになー」
「そだね。」
「みやちゃん、どうしたらいい?」
「何が」
「俺。諦めきれねーよ」
「なんじゃそりゃ。」

ここまで想われて、幸せモンだな桂子は……と羨む反面
逆の立場ならウザイだけかもしれんと思ったり。

自分の事を思い出す。

「距離を置く、くらいの気持ちでいいんじゃない?」
「……どういう意味?」
「そんなさー突然好きな人を嫌いにはなれないじゃん。だから、好きな気持ちは自分で受け止めておいて。
そっと遠くから見守るんだよ。別に明日からもフツーに喋ればいいじゃん。何事もなかったかのように。」
「……んな事できるかよ」
「知らないわよ。私アンタじゃないもん」
「やっぱり、みやちゃんって冷たい」
「じゃ相談しないでください」
「ごめん、言い過ぎた。」
「謝るの、早っ」
そこでまた、ふふっと二人で笑う。

「……まだ、笑ったりできるもんな。」
「そだね。別にさーあっちゃんが悪いワケじゃないし。歯車がズレるのはしょうがないって」
「しょうがないのかな。」
「そうだよ。人の縁なんてそんなモン。合う時は合うし、合わない時は合わないの」
「ふーん、みやちゃん何でそんな風に言えるの?」

おっと、矛先がこっちに来てしまった。
どうしようか。

「……え、まぁ何となくね。自分の経験というか感想というか……そんな立派なモンじゃないんだけど」
濁しながら答えてみたが。
「俺の話ばっかりでアレだ。みやちゃんの話も聞かせてよ。」
「何でそーなるっ」
「えーだってギブアンドテイクでしょ。俺ばっかり話してたらなんか嫌じゃん」
「アンタが勝手に相談してきたんでしょが」
「だけどさ、俺もちょっとみやちゃんの話聞きたいんだよ。」
「何で今それをさ……」
「いいじゃん、ちょっと俺の気を紛らわしてくれよ。じゃないと泣いちまう」
そう来ますか。
この人、ホント甘え上手というか何というか。

私は溜息をついて。
誰にも話した事のない話を、した。

部長とのこと。

何の接点もない彼だからこそ、言えたのだろう。
今となっては、そう思う。

素直に、なれた気がした。
自分の重荷を少し、下ろした気がした。


「……みやちゃん。エエ話だねぇ……」
私の話を静かに聞いていた彼は、時折鼻をすすりそう言った。
「ええモンじゃないよ。私はそんなに恋愛経験はないからエラソーに言えないけどね」
なんだか、恥ずかしくなってしまった。
しまった。何故喋ってしまったのだろう。

「みやちゃんの意外なオトメの一面を見た気がする」
「何それ。変なの」
「あはは、変かな俺。」
「変だよ。ちょっと泣きすぎて頭可笑しくなってんじゃない?」
「えーそうか。これはこれでいいんじゃない?何かちょっとハイになって来た」
「飲んでないよね?お酒とか」
「んなワケねーだろバカ。」
「あはは、んならいいよ。」
「あーやっぱ夏だな、熱いわー家帰ろ。」
「え、外だったの?全然音しなかったけど」
「おーこんな顔で家に帰れっかよ。近所の公園。」
「…………そっか、そうだよね。」

何となく、想像してしまった。
本当に、桂子の事が好きだったんだろうな。
可哀想に。
だけど、それはもう仕方の無い事だ。
桂子の気持ちは、桂子にしか、分からない。

「ま、ひとつだけ言っとくけどさ。言う方も言われる方もキツいからね。おあいこだよ。」
「……そう、だな。みやのっちの話聞いて俺もそう思った」
「それならいいけど。少しは役に立ったでしょうか。私の未熟な体験談も」
「おー充分すぎるくらいだぜ。」
「よかった。誰にも言った事ないんだからねー感謝してよー」
「……マジ?」
「まじで!こんな話、誰にするって言うんだよ。重すぎるわ!」
「……そうか……ありがと、な」
「どういたしまして。私も便乗して喋った感あるけどスッキリしたしね」
「じゃ本当にギブアンドテイクじゃん」
「そだね。それにしてもその言葉使い過ぎ。」
「あはは、もうさすがに頭回らねーわ。」
時計は0時を指していた。

「ちょ、日付変わってるじゃん。風邪引かないようにね。」
「……サンキュ。なぁ、また電話しても、いい?」
「へ?」
桂子との相談なんてもうする事ないハズなんだけど。
まあいいか。まだ傷は癒えないだろうし。

桂子と電話で費やした時間を、私と喋って癒されるのなら
それはそれでいいのかもしれない。
そして私も。

「……うん、いいよ。こんなくだらない電話でよければいつでもどーぞっ」
あはは、と電話越しに笑い声が聞こえた。
じゃ、と電話を切って。

こんな自分でも、誰かの役に立てたのかなと
少しだけ、暖かい気持ちになる。
そうだといいな。
そうだったら、私の今までの苦しい恋も無駄にならないかもしれない。
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