いちばん、すきなひと。
体調不良だけど気にしない。そのほうが楽だから。
生理がこない。
心当たりなんか、あるはずがない。

おそらく、冷静に見て。
体重が落ち過ぎた事による防衛反応。
貧血。
過度のストレス。

分かっているけど、
これ以上どうすれば良いのか。
食欲は沸かない。
これでも一応、母を心配させない程度には食べているのだ。
母はさほど私の様子に気付くそぶりもないが。

それでも。
体重計を見ると入学時より10キロは軽く減っている。
スカートがゆるすぎて回ってしまう。

これじゃますます、鬱なスパイラルに陥ってしまう。

どうしよう。

誰に相談すればいいのか。
考えても、誰もでてこない。

幸い、明日から夏休みだ。
人に会う機会は減る。
この隙に、元に戻さなければ。


そんな私の焦りもよそに
周りは夏休みを目前にソワソワしている。
どうして
どうして私だけ。

そんな、惨めな気持ちが渦巻く終業式となった。


「みやのっち!」
教室を出ようとして、近藤さんに声をかけられた。
「今日は部活ないんでしょ?一緒に帰ろう」

二人で帰るのは久しぶりだ。
あれこれ教室の延長で話をしながら。
私は頭で別の事を考えていた。

体調不良について
近藤さんに相談してみようか。
彼女なら色々知ってそうだ。

でも、自分の事を素直に相談した事がないので
どうやって話せばいいのか。

「……でさ、ちょっと聞いてる?」
「え、あーうん聞いてるよ」
「絶対、聞いてなかった」
近藤さんが頬を膨らませて拗ねる。

しまった。これはマズイ。
素直に謝ろう。
「ごめんちょっと考え事してた。で、何?」
「夏休み!予定ある?」
「いや、部活以外は何も……」

「じゃ、決定。」
「何が?」
「海に行こう」
「え、何それ」
「私の叔母さんが海の近くで民宿やってんの。遊びにおいでって言われたからさ。友達誘って皆で行こう」

旅行だ。
「わ、嬉しい!行く!」
私の返事に近藤さんは呆れた溜息をついて
「……今のが本当の反応。みやのっちさー絶対、今までの話聞いてなかった」
「……ごめん」
彼女に嘘は付けないようだ。
それだけ見てくれてるのかもしれない。

「で、何考えてるのさ。相談乗るよ?」
「うん、実はね……」



ここ最近の身の回りの事。
野々村の名前は出してないけど、ずっと好きだった人に彼女らしき人がいて諦めようとしてる事。
友達の元カレの事。進路についての苛立ち。
その前にも色々あって、さすがに今回の件でホントに参ったという事。

全てが嫌になったところで、こうなったと説明してみた。
彼女は真剣に話を聞いてくれて。

「……うーん、まぁ身体は正直だからね。多少無理すりゃそうなるよ。妊娠とかの可能性がゼロなら
三ヶ月待ってみるのが目安かなぁ。それ以降だと病院で診てもらったほうがいいって聞いたことあるよ。」
「……やっぱり近藤さんって色々よく知ってるよね」
「うーん、女子校でそんな話ばっかり聞いてたしね。中学で妊娠騒ぎとかそりゃもう大変。」
彼女は肩をすくめてそう言った。

「え、そんな事もあるの?」
「あるよーそれで彼氏とケッコンするんだとか何とか言って学校こなくなった子とかね」
漫画の世界かと思った。
現実に、あるんだ。

でも、それだけ
なりふり構わず突っ走れる強さって凄いと思う。
バカな話だと笑う人のほうが大半だろうけど。
それだけ、人を好きになるなんて滅多にない事だ。

少なくとも、自分には真似できない。

「あと、拒食症とか過食症になっちゃう子もいたよ。みやのっちも気をつけないと、下手したらそっち行っちゃうよ」
「えー。そうかなぁ。そんな食べ物に抵抗ないんだけど」
「ならいいけど。食べて吐くとか出て来たら要注意。繰り返すとマジ食べれなくなって病院行き。」
「なんかソレ怖い……」
「でしょ、だから気をつけてってば」
「そだね。」
吐き気はしょっちゅうだけど。食べて吐きたいとかではない。
そう思うと、まだ安全圏なのかもしれない。

やっぱり、近藤さんに言ってよかった。
少し、不安が和らいだ。

「やっぱり、気分転換が一番だよ。海に行くよ!」
近藤さんが私の肩を叩いて言った。



それから。
クラスメイトの気を使わないメンバー(二番目の普通グループ所属)を数人誘う。
予定を合わせて、近藤さんに企画進行をお願いする。
叔母さんのはからいで、宿泊費と食事代など一式サービスにしてもらった。
高校生にはありがたい話だ。

母は出発時に私に菓子折りを持たせ
「失礼のないようにね!」
と忠告する。

どこぞのバカな男子じゃないから大丈夫です。
と言いたいところだけど面白くないので堪えて。

黙って、家を出た。


家から解放される事に、かなり気が楽になる。
友達と駅で待ち合わせて、電車に乗る。
友達との旅行なんて初めて。
いつもとは違う雰囲気に、時間を忘れて楽しんだ。

民宿とは聞いていたけど
ごく普通に旅館のようだった。
女将さんらしき綺麗な人が出迎えてくれて
「あぁユキちゃん、遠いとこよく来てくれたわね!」
と親しげな笑顔を浮かべる。

「こんにちは、お久しぶりですー。今日はよろしくお願いしますー」
近藤さんはにこやかに答えた。
そして振り返って、私達に紹介する。
「ウチの叔母。年齢不詳でしょー」
「もう、ユキちゃんったら」
叔母さんと紹介された女将さんは、うふふと上品に笑って。
「さ、疲れたでしょう。お部屋でゆっくり休んでちょうだい」
私たちを案内してくれた。

「……凄いね……」
綺麗な建物を案内されて。
普通のお客さんと同じようにもてなしてもらう。

「あ、そうだこれ……ウチの母からです。」
私はその女将さんに菓子折りを手渡す。
「まぁ、気を使っていただいて……ありがとう。いただくわ」
優しく、女将さんは受け取ってくれた。

「じゃ、ごゆっくりどうぞ。困った事があったら何でも言ってね」
そういって、部屋には私達だけになった。

「さてと……うわぁいい眺め!」
一緒に来た仲間の一人、加奈が窓を見て驚く。
窓から見える景色は、一面、海だった。

「よし!まずは泳ごうか!!とにかく遊ぼー!」
私達はキャッキャと水着に着替えて、その上から上着を羽織り
浜辺へ繰り出した。

ロビーから出るともう目の前に海岸が広がっている。
なんという好立地。
これが民宿だとは誰も思わないだろう。

海岸はたくさんの観光客で賑わっていた。
私達も負け時とシートで場所を取り、荷物を置いて海に走る。

「わー!冷たいっ!」
「でも気もちいいっー!」
まるで小さな子どものように
何もかも忘れて、水を掛け合い、潜り合い
ひたすらはしゃいだ。


夕方。
そろそろ帰ろうかと荷物を片付けていると。
「あれ?ユキじゃん。」
ふいに後ろから声をかけられる。

ユキというのは、近藤さんの名前だ。
女将さんも彼女をそう呼んでいた。

ユキと呼ばれて、誰?と訝しげに振り返った彼女は一瞬の間を置いて、遅れて驚いた。
「ーーあぁ!タクミじゃん。ビックリしたー誰かと思った」
「何だよその間。絶対誰か分かってなかっただろ」
タクミと呼ばれたその男の子は、少し不機嫌そうに腕を組んでその場に立つ。

「ごめんごめん、まさタクミがここに来てるとは思わなくてさ。」
近藤さんはあははと彼の肩を叩いて笑う。
「母さんが言ってたからさ。ユキが友達連れて来てるって。」
「あーナルホドね。それで……って別にここまで来なくても」
「いや俺たちも遊びに来たついでだよ。今帰ろうとしたらユキみたいな声が聞こえたからさ。ホントに本人だったとはね」

二人で会話がどんどん進んでいるので、
私達も、彼の友達であろう後ろの人たちも
状況が分からずポカンとしていた。

それに気付いた近藤さんは、慌てて説明する。
「えっと、私の従兄弟。叔母さんの息子ね。タクミって言うんだけど、私たちと同い年」
紹介されたタクミくんは、はにかんで挨拶する。
「ども。ユキの従兄弟です。後ろのコイツらはクラスメイトで……ハルとタケル。」
後ろの二人は少し頭を下げて軽く挨拶する。
タクミくんは近藤さんをまず二人に紹介していた。
「この子がさっき言ってた従兄弟のユキ。で……?」
私たちに視線が来たので、とりあえず挨拶する。
「あ、えと……宮野麻衣です。」

「ちょ、みやのっちフルネーム。ウケる」
近藤さんが笑った。
「え、だってみんな下の名前だけど私って『みやのっち』って呼ばれてるしさ……」
「そーだけど、別にこんな時くらい麻衣でいいんじゃない?真面目ー」
近藤さんが腹をかかえて笑うので、思いっきり恥ずかしくなった。
早く話を変えたいので、他に一緒にいた友達二人に自己紹介を促す。
「そして、こっちが加奈。その隣が美羽。」
よろしく、と二人が挨拶をする。

「へぇ、それで……アンタは麻衣でいいわけ?」
タクミくんが再度確認する。
「……え、あ…うん、いい、です。」
近藤さんがまた、思い出してニヤニヤしている。
んもう!

「もう帰るんだろ?一緒に戻ろうか。」
「そだね。じゃ荷物持ってー」
「何で」
「男子の方が力あるじゃん。」
「いや目の前だし」
「チェッ。そんなんじゃモテねーぞー」

近藤さん、面白いです。
相手が従兄弟だからだろうか。
こんなに男の子と喋る彼女を初めて見た気がする。

結局。
一度部屋に戻って夕食を取った後。
近藤さんの電話が鳴った。

「はーい、あ、うん……えー?今から?」
何やら驚いた声が聞こえた。
「お腹いっぱいなんだけど……えー?……うん、じゃちょっと待って」
近藤さんが電話を耳から離して、私達を振り返って聞いた。

「タクミがさー今から一緒に飲まないか、だって。どうする?」
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