いちばん、すきなひと。
祭りの後は、挨拶とけじめ。
さっきの彼とのやり取りが、頭から離れない。
何でも無い日常の一コマなのに。
とても貴重な瞬間だったように思えた。

当たり前が、そうでなくなる。

それを感じたからこそ、こうして
目で彼を探してしまうのだ。

狭いようで広い校内では、なかなか見つける事はできなかった。
残念な気持ちはあるのだけれど
後ろにいる彼らの事を思うと、それはそれでよかったのかと安堵する自分もいる。
つくづく、ご都合主義だと思ってしまう。

しばらく屋台街で食べ歩き、物販スペースも物色する。
「ここの文化祭、いいねー大学の学祭みたい。外部も入れて飲食もアリとか楽しいじゃん」
タケルくんは先ほどフリーマーケットコーナーで入手したニットキャップを満足そうに頭にかぶり、私たちの背後からそう言った。

「でしょ、気合いも入るって」
何となく入った学校ではあるけれど、誉められて嬉しくない生徒がいるだろうか。
私は振り返り、彼の前で誇らしくピースサインをした。
「俺らの学校なんて、部外者呼べないし食べ物も制限キツイし全然盛り上がんねーの。タクミが来年生徒会長とかやって改革してくれたらいいんじゃねー」

「……タケル、さりげなく怖い事言ってねーか?」
「そう?」
全く悪気のないフリをするタケルくんに
私とユキは型をすくめて苦笑いするしかなかった。
でも。タクミくんならやれそうな気がする。

「じゃ、しっかり見て帰らないとね。高校でもできるレベルをさ」
「ハルまで言うか、それ……」
とことんノリのいいメンバーだ。
楽しい。

「言っとくけど!俺は絶対そんなのやらねーからなっ!」
タクミくんはそう言って、加奈との待ち合わせ場所である休憩テントの椅子にドカッと荒々しく座った。
「あ、やっと来たー!焼きそば大盛りが冷めちゃうトコだったじゃないのさ」
私達に気付いた加奈が、美羽と一緒に白いビニル袋を抱えてやってきた。
「おっ!うまそーな匂い。いっただきまーすっ!」
男子どもは一つずつ受け取り、すぐに食べ始めた。
「急いで食べたら詰まるよーホラお茶っ」
加奈はさりげなくお茶の入った紙コップを配る。
「おーサンキュー。気がきくねえ」
「……おじいちゃんの台詞みたいね。」
「んだよ、誉めてんのにさ」
加奈の返しに口を尖らせて、タクミくんはお茶をすすった。

「はい、麻衣も半分」
ユキが大盛りの焼きそばを半分に分けてくれる。
実は、こっちのほうが一人前より少しだけ安いのだ。
自分のクラスだからこそできる技だと私とユキは笑った。

「フツーにウマイよね」
ハルくんは少し華奢な雰囲気で、そんなに食べるイメージなどなかったのだが。
「……やっぱ男子は食べる量が違うね。」
私たちは呆然と彼らの食事を見ていた。
皆、大盛りでも普通の一人前かのようにペロリとたいらげる。

大盛り自体裏メニューなのだが
これは表に出さなくてよかったと思った。
世の男子は皆ぜったい大盛りにしてしまう。

野々村や松田のように二人前を買ってもらったほうが
売上は上がるのだ。
彼らには少し申し訳なく思ったが、状況的に仕方ない。


こうして。彼らは食べ物を制覇し、学祭の雰囲気を堪能した。
私たちも、あの旅行の続きのような気分だった。
時折、タケルくんが何かにつけて私の連絡先を聞き出そうとするけど、それとなく誤魔化し続けた。

「ホント、麻衣ってば固いねー」
タケルくんが半ば呆れてそう言った。
「ごめんねー真面目なモンでっ」
「そうやってスグはぐらかすんだよなー」
ホント、ごめん。
今は、無理。

今彼と仲良くなっても
きっとまた、気まずくなる。
そうしたら、こうやって皆で遊べなくなる。
それが何より嫌だった。


「じゃ夜また飲もうよー明日休みっしょ?」
「今日はクラスで打ち上げあるからねーどうだろう?」
私はユキに尋ねる。加奈も美羽も頷いている。
「うーん……とりあえず打ち上げは参加必須だよね。その後二次会に流れるか微妙だよねー」
ユキは顎に手を当ててしばらく考えこんでいた。

「そんなの途中でさり気なく抜ければいいんじゃないの?」
美羽が大胆発言をする。
「わお……案外過激なのね美羽」
タクミくんが驚いている。
「え、そんなに過激じゃないよね?二次会は自由だしさ」
強い。
二番目グループの子たちって意外と『自分』を持っているのだと、最近気付いた。
それって、とても良いことだ。
いつも周りを伺って流されてしまう自分としては是非見習いたい。


「じゃ、俺たちテキトーに時間潰してるからさ、打ち上げ終わったら合流な」
そんな話をして。
彼らとは一旦、別れた。


体育館ではファイナルステージのライブの余韻がまだ残っている。
昨年はあそこにいたんだな、と舞台を見て懐かしむ。
あの後の部長との別れ。打ち上げで初めてのアルコール、野々村の言葉。
まだどれもリアルに覚えているのに、もう一年も前の事なのだ。

そして。今日のこの後は
もう一度、部長とさよならを、する。



屋台の片付けは軽音部の演奏が始まる前に一通り済んでいる。
後はーー美術部だ。


ユキに後で合流すると伝えて、展示品を片付けに向かった。
「みやのっちー!お疲れ様ー」
由香が私を見て手を振る。
既に撤去作業は始まっていた。

「……何からやろうか?」
「じゃそれを外して裏に運んで」
「ラジャ」

可動式の壁に掛けられた絵を外していき、
壁を裏の準備室へ収納する。
外した絵は持ち帰り易いように部屋の隅にまとめて置いた。

「今日で先輩たちとお別れって、寂しいよねー」
由香が残念そうに呟く。
私は複雑な気持ちで頷いた。
「次の部長……誰がやるんだろう?」
「さぁ?二年生の中からだとは思うけど……」

「皆、お疲れ様。片付けも済んだ事だし、ミーティングするよ」
パン、と手を叩いて部長が裏の準備室から出て来た。

ついに、この時がきた。
三年生は卒業まで学校に来るだろうけど
私たちと直接関わる機会はおそらく、これで最後。

「ーーと、いうワケで。俺たち三年はこれで最後となりました。皆、最後まで活動参加ありがとう。在校生はこれからも頑張ってね。」
簡単すぎるほど、軽い挨拶。
なのに
由香が涙ぐんでいる。

彼女は、いつも部長の存在を励みにしていた。
それを憧れというのか恋と呼ぶのかは知らない。
私も本当なら由香と一緒の気持ちだったはず。
でも今は、それよりもっと。


「……そして。次の部長なんだけど」
美術部はこのミーティングで、前代から指名された人が新部長となる。

言葉にならない何かが、喉から込み上げてくるものを我慢していると
部長と目が合った。

一瞬の、空白。
無音。

この人とは、本当に。


「……宮野さん。君にお願いしたい」


声には出せず。
ただ、涙が溢れた。

ちゃんと、見送ろうと決めたのに。
感謝の気持ちを込めて。
なのに。

顔がぐしゃぐしゃだ。


「……やって、くれるかな?」
部長はあの甘い声で優しく聞いてくれる。
そのトーンは以前とまるで変わらず。

もう、あの距離に戻れる事はないのだけれど。
それでも、当時を彷彿とさせる。

「……はい。」

前に進まなければ、ならない。
それが、お互いの為なのだ。


私が泣いている本当の理由を知る人は、きっとここに居ない。
もしかすると、目の前の彼は気付いているかもしれない。

「ちょ、みやのっち泣き過ぎ!」
由香が苦笑して私の脇腹を肘で小突く。
「……あは、ホントそうだね。なんでこんなに泣いてんだろ」
笑って誤摩化して、涙を拭う。

彼は少し困ったような顔をして、それでも
もう私の側には居られない事を理解して
ただ、見つめていた。

「えーと、じゃ新任という事で。宮野、挨拶してくれるか。」
顧問の滝川もなんだかしんみりしたこの場の雰囲気を打破すべく、努めて明るい声で呼びかけてきた。

たかが部の世代交代なのに、何を泣いているんだか

きっと、普通はそう思う。
恥ずかしい事この上ない。
と、周りを見ると
2年女子は皆、目が赤い。

「先輩たちがいなくなっちゃうの、寂しいですー!」
後輩の一人がそう叫んだ。
なんだ、結構しんみりしてたんだ。
私だけじゃ、なかった。
少しホッとした。


私は一歩、前に出て、深呼吸した後に挨拶をした。
「……先輩方、今までお疲れさまでした。どうしても個々の活動になりがちなこの部活動を
楽しく和気あいあいと過ごせる空間にしてくれたのは、先輩方です。ありがとうございます。」
一度頭を下げ、次に顔を上げたとき。
私はしっかりと、目の前の彼を真っすぐ見つめた。
無音の空間。
言葉にならない部分の、私の想いは伝わるだろうか。

「……先輩方から学んだたくさんの事、絶対忘れません。それをまた、次の世代に受け継いでいくのが私たちの役目だと思います。またいつでもOBとして遊びに来ていただけるような、変わらない美術部でありたいです。」

「……よろしくね」
彼が手を差し伸べた。

あの時、私を守ってくれた
私を引っ張ってくれた
そして
今も、私を支えてくれる

彼の、右手。

私は黙って、溢れる涙をぐっとこらえて
握手を交わした。

「今まで、たくさん。ホントに、数えきれないくらい……たくさん……ありがとうございました。」

上手く言えなかったけど
伝わっただろうか。

もう、泣きません。
これで、最後です。

彼の前ではいつも泣いてばかりだ。
最後は笑って見送りたい。

鼻をすすって、少し恥ずかしいけれど
泣き笑いの顔で。
彼に挨拶を、した。

「先輩も、これから受験本番ですね。頑張ってください」
「……ありがとう。皆でまた遊びに来るよ」


「みやのっち、なんでそんなに泣くのさーつられちゃうじゃん」
後ろから由香の怒ったような声が聞こえる。

「……ごめん、つい色々思い出してしまって」
私は苦笑いして振り返った。
そして前に向き直ると
くす、と彼は笑って
「きっと、麻衣ちゃんはいい絵が描けるよ。頑張ってね」
こっそり、私にだけ聞こえるような小さな声で言ってくれた。

「……ありがとうございます」


「あっ!ちょっと!何二人でコソコソ話してるのー!部長ー私にも一言くださいよー」
由香が後ろから叫んでいる。
「……飯田さん、いつも元気なそのパワーで部を盛り上げてよ」
部長は彼女にそう言うと、私の方をみて軽く肩をすくめた。
笑ってしまう。

相変わらずの、彼だった。

やっぱり結局、
私は彼に最後まで支えてもらった。

送るつもりが
見送られたような気がする。

それもいいか、と思えるようになった。

昨年は彼の立ち去る背中を見て泣いた。
だけど今日は笑って。
「それでは……お疲れ様でしたー!!」
皆と一緒に、拍手で三年生を見送る。
笑顔で、彼の背中を見送った。
鼻をすすりながら。


ひとつ、けじめがついた。
そう思えた秋、だった。
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