いちばん、すきなひと。
そりゃ散々ハジケりゃスッキリするだろう。
文化祭も無事に成功を収め、我がクラスの売り上げは予想を遥かに上回る結果となった。
おかげで、打ち上げの負担もグッと軽くなり皆ここぞとばかりハジけた。

二次会への流れもさり気なく断り、和気あいあいとした雰囲気のまま解散となった。
おそらく、クラスのトップメンバーは二次会へ流れ込むのだろう。

少し前は、そこに入りたいと思っていた。
けれど、自分の世界があるならそれはそれで楽しいと気付いた。
今から、私たちはタクミくんたちと二次会だ。
こっちの方が、気を使わなくて楽しい。


「おー来たきた、お疲れ様ー」
「ごめんねー待った?」
加奈お勧めする、駅前の通りにある小さな居酒屋。
隠れ家的な雰囲気を漂わせるお店で、私たちは自分の身の程を感じて緊張してしまう。
どうして同い年の彼女がこんなお店を知っているのかも気になるのだけど。

「ま、とりあえず久しぶりの再会と文化祭の成功を祝って……カンパーイ!」
タクミくんの声で、皆はグラスを掲げてぶつけ合う。

「駅前にこんな所があるなんて知らなかったー。何で知ってるの?」
「前に彼氏と来たことがあるんだよ。」
加奈はさらりと答えた。

彼氏、大学生だっけ。
なるほどね。
クラスではさほど目立たない存在の彼女が、とてつもなく大人に見えてしまう。

きっと、加奈は私よりも大人だ。
私より色々な事を知っている。
ますます彼女に興味が湧いた。

「……でさ、いい加減さー麻衣は俺に番号教えてくれんかいねー」
タケルくんが唐揚げをつまみながら催促する。
「勘弁してよね。プライベートは簡単には教えません。」
「んだよ固てぇーなー」
毎度のようなやりとりをして、私は目の前のグラスを飲み干す。
今日はひとつけじめがついた。
自分を褒めたい気分だ。

「お、麻衣いくねー」
「おうよ!今日はガンガン楽しむさー」
私は、空になったグラスを掲げて宣言した。







気付けば、翌朝の自宅ベッドに寝ていた。
どうやって帰ったのか、全く覚えていない。

「……あれ?」
カーテンの隙間から差し込む光が顔を照らし、あまりの眩しさに目を開けた。
そして自分の部屋だと分かって思わず飛び起きる。

全く何がなんだか分からない。
枕元に転がっている携帯を見つけ、咄嗟にディスプレイを確認する。
時刻はーー9時7分。
思ったほど寝すぎた訳ではなかったようだ。
そろそろ、しびれを切らした母が起こしにくるだろうけど。

それにしても。
何がどうなってここにいるのか、全く分からない。
ユキに電話しようとして、もしかしたらまだ寝てるかもーーと
メッセージに切り替える。
全く記憶がないから情報をお願いと書き込んで送信。

そしてアドレス帳に戻り、ふいに見慣れない番号が目についた。
名前を見ると
「……タケルくんだ……」
彼の名前とメールアドレス、そして番号が丁寧に登録されていた。

これは、どういう事だろうか。
まさか、酔った勢いで何かしてしまったのでは。

視界がぐらりとゆれる。
まさか、そんなはずはない。
あんなに心に誓ったはず。
いい加減な事はしないと。

でも、記憶が抜け落ちてる以上ーー全く自信がない。

とにかく、連絡を待とう。
「麻衣ー、いつまで寝てるの!」
階下から母の声が聞こえる。

昨日、母は私の飲酒に気付いたろうか?
冷や汗が流れる。
記憶がないほど酔っていたのだ。
態度や顔や匂いでバレているのでは。
どうしよう。

「……はーい!すぐ下りますー!」

何でもない声で返事をしておいて。
寝起きのまま大して稼働しない頭を振り、私は身支度を整えた。
身体のサッパリ具合と、髪の毛の様子から
シャワーも済ませている事は理解する。
だけど。
全く記憶にないのは何故だろう。
お酒ってコワイ。


リビングへ下りると、母が朝食の用意をしてくれていた。
なんでもない、いつもの風景だ。
「昨日さ……」
「うん?」
「私、帰ったの何時頃だった?」
「え?そうねぇ、11時頃かしら?日付は変わってなかったわよ。何で?」
思ったより早く帰っていたようで、ホッとした。

「いや……すぐ寝ちゃったみたいで時間ちゃんと覚えてなくて。遅くなったかなと……」
「遅かったわね、って昨日怒ろうとしたけどハイハイーみたいな返事ですぐにお風呂行ったじゃないの」
母は少し怒っているようだった。

「ごめんごめん、すぐ寝たかったんだよ」
「もう、また前みたいに変な事件に巻き込まれたらどうすんの。危ないから年頃の女の子がフラフラするんじゃないわよ」
「……ごめんなさい」
とりあえずカタチだけ、謝っておく。
心配させたのは確かだろう。申し訳ない。

でも。飲酒については何も言われなかった。
バレてなかったんだろうか。
とにかく、そこを咎められなかったのでヨシとしておく。

香ばしいトーストとカフェオレの香りがホッとする。
久しぶりに、のんびりと朝食を取ったような気がする。

いつも食べながら何かを考えている事が多かった。
今日は何だかスッキリしている。
何でかな?と首を傾げつつ。
しばらくは朝食をじっくり楽しめる事を喜んだ。


一時間ほどリビングでくつろいで、自室へ戻る。
携帯にメッセージの表示が。
ユキからだ。

昨日の自分について、どうだったのか
慌てて画面をタップする。

『おはよーお疲れさまー。大丈夫?記憶ないってどういう状態(笑)フツーに楽しんでるようにしか見えなかったけど』
フツーに見えていたのか。
それならよかった、と安堵する。

気付いたら家だったーーーと返信して。
アプリの既読マークを確認。
オンラインで彼女も見ているようだ。
すぐに返事が来るのがありがたい。

『そんなに!(笑)タケルくんがずっと連絡先聞こうと頑張ってたけど麻衣がずっと拒否ってるから酔ってないと思ってた。』
拒否ってたのね。やっぱり。
自分は崩さなかったようで何よりだ。
では、このアドレスは一体。

『タケルくんのアドレス?あー何かしつこいしつこいって断り続けて、最後には麻衣が気が向いたら連絡してやるからよこせ、みたいな話でタケルくんのアドレス聞いて入力してたんじゃなかったっけ?二人のやり取り面白かったよ』
マジですか。
何そのツンデレ的な私の態度。
酔ってるとはいえ、酷いじゃないか。

私は思わずベッドに倒れ込んだ。
きっと、あのテンポに乗せられたのだ。

どうしてこう、いつも私は
この手の人種に振り回されてしまうのだろうか。
いや、でも私の連絡先は公開してないらしい。
それなら大丈夫だろう。
こっちから連絡しなきゃ済む話だ。


ありがとう、とユキにお礼と皆へのフォローを頼んで。
私は深いため息をついた。

タケルくんはとりあえず置いといて。
こんな時。
会いたいと思うのは結局。
彼、なのだ。


美術部の引き継ぎが済んで、部長を送り出して。
ひとつけじめがついたと気が抜けたんだろうか
それとも、散々食べて飲んでハジケてストレスを発散させたからだろうか。

その翌日。私の身体は元に戻ったようだった。
そう。来ない来ないと心配していたモノがやってきたのだ。
自分はやっぱり女だったと、安心した瞬間だった。
期末テスト後がよかったのになと正直思ったが
この際、贅沢は言っていられない。
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