いちばん、すきなひと。
進路って一体どうやって決めるんだろうか。
新しい一年が始まると共に、気付いた事がある。
雰囲気が変わるのだ。
あたり一面、受験生モード。

今まで実感もなくダラダラと過ごしてきた人にとって、この冬は最後の機会なのだ。
ここでピンチに気付いた人間は、まだ間に合う。それなりの努力は必要だが。

それでもやっぱり。
私はそこに置いてけぼりをくらっている気分だった。
どこぞの有名大学に進学したいと思わない。
かといって、適当な学校に行きたいとも、思えない。

両親はホドホドの短大に行って、フツーに就職してくれたらそれでいいと言う。
私はそれが本当にいい事だとは到底思えない。

絵はどこでも描けると言われた。
だけど。
本気で絵に関わりたいなら、短大でテキトーに過ごしていてはダメじゃないかと思っている。
絵や芸術というのは
本気でやった人だけが、たどり着ける所じゃないのだろうか。

短大で友達との適当な遊びに時間を費やしている間に、
他の人たちはもっと専門的な知識と技術を身につけるのではないか。

両親と先生は、大事なのは人付き合いだと言う。
人との繋がりの大切さを学んでいけと。
それは分かる。
だけど、どうしてそれが短大でないとならないのだろうか。
美大だとできない事なんだろうか。

そんなハズはない。
多少は変わった人がいるかもしれないけど、同じ志を持った者同士ならそれなりに関係が築けるのではないか。
短大で適当に話を合わせる技術を磨いて、社会でそれを活かして
一体何になれというのだ。
どういう大人になれというのだろうか。

結局のところ。
普通の大人というのは、そこそこ普通に働いて給料をもらい、そこそこの人間関係で世の中を渡る人を指すのか。
そして適当に巡り会った人と結婚して家庭を築いていくのだろうか。
それが、本当にいいことなんだろうか。

それが一概に駄目だとは言わない。
寧ろ良いと思う。
ただーー自分は、そうじゃない。
私は、やりたい事をないがしろにしてまで『普通』を望まない。

どうやったら両親と先生を説得できるのだろうか。

友達の話は、それとなく聞く。
彼女たちは目的を持って、進学するのだ。
私とは違う。
だから応援できる。

でも私はーーそこに自分が入れないと強く感じるだけだった。

たとえ勉強が同じくらいできているとしても
そこに喜びを見いだせない。

私が楽しいのは、絵に関わる事なのだ。
これだけは、譲れない。
たとえ親でも。


テストが終わり、冬の寒さも少し和らいだ頃。
学年末の三者面談が始まる。
進路の確認。

「……で、そろそろ希望は決まったかな?」
「どうなの、麻衣」
先生と母に見つめられて。
彼らの反応は分かっていたのだけど。
敢えて同じ事を言う。

「……やっぱり、美大に行きたいです。」

二人から溜息が漏れる。
何度同じ事を繰り返すのだろうか。

私はいつも。同じ事を繰り返す癖があるようだ。
進路についても恋愛にしても。
あまりよろしくない傾向に思える。

が、先生は違った。
「ーーそうか。そこまでして強く思うなら……その線も含めて行こうか。」
その言葉には、少し諦めたような色が伺えた。
母は何も話さなかった。

成績については文句無しなので、美大を目指すならデッサンなどの技術面の向上が必要だから
専門の先生に聞くのが良いだろうと話を終えて。
母と二人で帰宅の道を歩む。

「……アンタ、本当に美大目指すつもり?」
「駄目なの?」
一体何度確認するつもりだろうかこの親は。
少し苛立った口調で、私は聞き返した。

「美大の何が駄目なの?将来への不安?お金?」
噛み付くようにまくしたてた私に母は、お父さんが帰ってきたら話しましょうと
その場での説明を拒んだ。

私の進路なのにどうして両親はこうも阻むのだろうか。
普通なら子どもの応援をするもんじゃないのだろうか。
もしかしてーー愛されてないのかな。

漠然とした不安がよぎる。
でもそれについてすぐに応えが出るはずも無く。
私はただ無言で、母と家に帰った。





その晩。
夕食を終え、リビングで寛ぐ父に母が話かけた。
「お父さん、麻衣の進学についてなんだけど……」

あぁ、そんな時期かと父は読んでいた新聞を畳み、ソファに座り直す。
母はコーヒーを出して、父に相談した。
「麻衣が、美大に行きたいって言うの」
「何、美大?」
父の怪訝な声が、私の心臓に刺さった。

やっぱり、良く思われていないようだ。

「……麻衣、ちょっと座りなさい。」
促されて。ダイニングテーブルに肘をついていた私は、飲みかけていた自分のカフェオレを持ってリビングへ移動した。
父と向かい合う形で座る。

「何だ、進学しないのか。」
「……美大に、進学したいの」
美大はもはや大学と思われていないような台詞にカチンときながらも、私は冷静に話をしようと努めた。

「絵なんてどこでも描けるだろう。わざわざそんな所へ行かなくても。」
「でも、そこじゃないと学べない事もあると思う。独学だと限界があると思うから。」
「そんな所へ行って、その先はどうするんだ。」
「絵に関わる仕事に就きたい」
「それなら短大でも
できるだろう。就職なら普通の学校出てるほうが選択肢も広まる」
この人は何が言いたいのだろうか。

「……美大は就職先がないから駄目って事?」
「いや、そういう訳じゃないんだ」
「じゃ、どういう事?」
私の苛立ちに気付いたのか、少し落ち着けと父は私をなだめて溜息をつく。
「……いいか、麻衣。絵が好きなのはいいことだ。そしてそれに関する仕事を目指すのも悪くはない。ただ、それだけに絞ってしまうのはどうかと思うんだ。」
「どうして絞っちゃいけないの?」
「大学へ行って、その後どうするんだ。このご時世、そんなに簡単に仕事に就けるわけじゃないんだぞ。」
「どこの大学に行ってもそうじゃない」
「だからだ。短大で一般的な教養を身につけておけば、将来の仕事の幅も広がるじゃないか。」
「美術に絞るのが駄目だって事なのね?」
「駄目だとは言わない。だけどな、お父さんとお母さんはオマエに困って欲しくないんだよ。」
「どうして美術に絞ると困る事になるのか分からない」

どうして、こんなにも
否定されなければならないのか。
喉まで何か込み上げてきそうになるが、堪える。
冷静に、話をしなければならない。
自分の進路だ。自分で決めたい。

「じゃぁ逆に聞こう。麻衣は、その大学を出て何がしたいんだ。具体的にプランを練ってそれに基づいた現実的な計画があるのか」
そんな計画、あるはずがない。
どうやってプランを立てというのだ。

私が黙っていると。
「そこまでの熱意がないと、その希望は認められない。」

シャットアウトされた。
目の前が真っ暗になった気がした。

「そんな事言ってさ、私に行かせたくないだけでしょ。」
つい反抗してしまう。
「麻衣」
母がたしなめるのも聞きたくない。
「私はお父さんとお母さんの子どもだけど、これからもそうやっていつまでも敷かれたレールを歩いていくわけじゃない。自分の将来くらい自分で決めたっていいじゃないのさ。」
「……麻衣。そのためのお金を出すのは誰だ?」

冷たく、父が言い放った。
最後は結局その台詞か、と怒りが増した。

「オマエは一人前になったつもりだろうが、まだ未成年だ。親の意思に従うのは当たり前だろう。」
「そうやって大人はすぐに権力を振りかざすんだ。だからいつまで経っても世の中はよくならないんだよ」
「それとこれは別の話だ」
父は手を組んで、少し前屈みになり両肘を膝に乗せる形で咳払いをし、話を続ける。

「別にオマエを応援しないワケじゃない。お父さんとお母さんはオマエの為を思って良いと思う道を示してるだけじゃないか。それが嫌ならそれなりの理由を述べなさいと言っているんだ。お父さんたちが納得できるような理由をだ。」
「私にとって良い道なんて、私が決める事でしょ!」
「そうやって感情だけで決められる事じゃないんだ。いいか、大学に行くお金というのはそう簡単にホイホイ出せるモノじゃないんだ。無駄にならない道を選んでもらわないと困るんだよ」
「どうして美大に進む事が無駄になるって言えるの」
「そうじゃないと麻衣が思うなら理由を述べてくれ」
「…………」

何を言っても無駄な気がした。
相手は人生の先輩だ。

「そんなの分かるワケないじゃん。大学でどんな事をするのかもさほど想像できないしどんな職業に就くのがいいかなんて今分かるはずがないじゃん」
「だったら駄目だ。そこまでちゃんと自分で調べて考えてから言いなさい。」

答える言葉が見つからず。
私はその場を走り去った。

悔しい。
この気持ちが伝わらないのが、たまらなく悔しい。


この家だけだろうか。
こんなに反対されるなんて。
やっぱり私は、愛されてないのだろうか。

皆、進学すると言ったら
手放しで応援してくれるんじゃないのだろうか。

それとも。本当に。
私が美大じゃなくて、普通の何でも無い無難な学校を選んでいたら
両親はこんなに反対しなかっただろうか。

色々な考えが頭を巡るけど
涙が止まるハズもなく。
私はどこにもやれない気持ちを、ベッドの枕に押し付けて泣いた。
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