いちばん、すきなひと。
同じ事の繰り返し。
「……ものすごい猫背だぞお前さん」
「そりゃどうも」
頬に指が刺さったまま、そう会話して。
私は彼の手を払った。

「くだらない事やるんじゃないよ朝っぱらから。」
私の不機嫌など届くワケもなく、彼はひゃははと笑う。
「いかにもテンション下がってますーって背中で歩いてるからだろ。そっちこそ朝からなんでそんなに憂鬱そーなんだよ。」

オマエのせいだよ、とも言えず。
「低血圧だから朝はこんなんモンなの。」
「それにしても酷いな。ババアだぜ後ろ姿」
「うるさい。」


昨日の彼女を見てしまってから
野々村が別人に見える。
私の、知らないひと。

知らないところで
知らない人と。

こんなに側にいるのが嬉しいのに
その事が少しさみしくて。
腹が立つ。


「ところでさーーオマエ昨日あの後、何で来なかったんだよ」
ギクリとする。

行けるワケないだろうが。
何考えてんだコイツは。

「本選ぶのに時間かかってさー、勉強する気が失せたから帰っちゃった」
「……ホントおまえは気まぐれだな。」
「そっちこそ彼女と楽しくやってんならいいじゃんよ。」
「……なにそれ、もしかして妬いてる?」

予想外の台詞に思わず相手の顔を見る。
ニヤついてる彼の顔に、自分を見透かされたような気分を覚える。

「バッカじゃないの。何で私が妬かなきゃならないのさ」
図星だった。
でもそんなの絶対、教えてやらない。
あくまで冷静を装い、大げさにため息をついてそう応えた。

「だよなー、んなワケねーか。」
あはは、とポンポン私の頭を叩く。
「……そーそー、だからほっといてよね」
本当は、構って欲しいのに。
突き放してしまう。

「ほっとかねーよ」

そう言われて、思わず耳を疑う。
聞き間違いだろうか。

「何よ関係ないでしょ、私が猫背だろーがババアみたいだろーが」
「あのなぁ……」
呆れるようなため息をついて、野々村はポケットに手を突っ込み私の隣を歩く。
「俺とオマエの仲だろー?いいじゃん心配したってさ。」
何を言うのだろうかコイツは。

「よくない。そんな心配はいらん」
彼女でもないのに、心配しないで。
それはあの子だけに向けてあげればいい。
私に、期待させないで。

「みやのっち相変わらず冷たいねー」
「でしょ、だからほっといてってば」
へいへい分かりました、と野々村は肩をすくめて黙った。
黙々と二人で歩く。


少し、残念な気分になった。
私は一体、何をやってるんだろうか。

好きなのに、素直になれない。
可愛くなれない。
突っぱねてしまう。
彼の優しさに、甘えられないのは
どうしてなんだろう。


「ほらまた下向いてる」
背中をトンと叩かれて、思わず我に返る。
「ほっといてくれって言うならもうちょっとマシなフリしろよな。」
「何よマシなフリって。」
「何でも無いフリ得意だろオマエは。だから、そうじゃない時はよっぽどかなって思うんだってば」

コイツはどこまで
私を知っているのだろうか。

「別に得意じゃないし」
これ以上、見透かさないで欲しい。
嫌だ。
情けなくなる。

「そうかー。俺の知ってるみやのっちは、いつも平気なフリする子だと思ってたー」
「そりゃ残念でございました。私だって悩みのひとつや二つありますよーっだ」
「じゃ相談のるべ。さぁ、何でも話せ」
「…………」
そう来ますか。野々村さん。
まんまとハメられた気がする。

「別にアンタに相談する事じゃないっての。」
さりげなく肩に乗せられた手を払いのけて、私はつい吐き出しそうになる言葉を飲み込んだ。

「残念。」
彼は軽くそう呟いて、それ以上私を追求する事はなかった。

心にもない言葉を言わないで欲しい。
振り回されるから。

ホントは
甘えたかった。
素直になりたかった。

だけどそれは
私の気持ちを彼に伝える事になってしまう。

友達で、いられなくなる。

それだけは、嫌だった。
これ以上、離れたくなかった。

微かな繋がりを、たぐり寄せる
切れないように、そっと。

それだけが、今の私を支えている。
ありもしない、微かな希望だけに頼っている。

それでも。
この恋を、失うのが
怖かった。


「おー何二人で登校?オマエら付き合ってんの」

後ろから飛び込んできた声に振り返る。
バン、と頭を叩かれて
一瞬でそいつは前へ通り過ぎた。

「ちょ、何すんだよ松田!」
私は一瞬で誰か判断して叫んだ。
彼は少し前に進んだ所で乗っていた自転車を降り、木陰に隠していた。

「久しぶりに二人で歩いてんの見たからさ。何なに?仲良く登校?」
「バーカ、どう見たらそうなるんだよ。オマエの目は節穴か」
軽く否定された感のある野々村の台詞は、聞かなかった事にする。
分かっている事を突きつけられて、傷つくだけだ。

「松田のチャリ、通報するからな」
私は低い声でそう脅しておいた。
「そりゃ勘弁してくれよ。帰り乗せてやるからよ」
「マジ?じゃ黙っとく」
「返事早っ、最初からそれ狙ってただろ」
「バレた?」

ホントは狙ってなどいないが。
会話のノリというものを大事にしたい。
それにーー野々村と二人の時間が、少し痛かったから。
他の誰かに、甘えたかった。

「おい、松田の後ろは俺だろが」
横から野々村が会話に乗り込む。
「えーアタシが先じゃんよ。レディファーストって言葉があるでしょ」
「言うねぇみやのっち、誰がレディ……ぐっ」
私は松田のみぞおちに一発肘を入れて、何事も無かったように歩き出す。

「たまにはいいじゃん、私が松田の後ろ乗ったってさ。」
「別にいいけどさ……あー痛ぇ」
「じゃ決まり。帰りよろしく」
私はまだみぞおちを摩る松田の肩をポンと叩いて、軽く頼んで歩き出した。

野々村はその間に割り込んでーー松田の肩に手をかけ、顔を近づけ交渉する。
「松田は俺と帰るんだろ、この間のワークの借り返してもらってねーぞ」
「あっ、お前ここでそれ使うかよ。汚ねーなぁ」

「ワーク?英語の?」
彼らの会話を聞いてーー何故か、ピンときた。
「そ。56pのやつ。」
松田の話を聞いて、核心を持って野々村の顔を見る。

「もしかして……あれ」
「え?何の事?」

とぼけてやがる。
きっとそうだ。そうに違いない。

「二学期の終わり!私にワーク借りてったのって……松田に渡す為だね!?」
「あれ、そうだったの?」
松田は全く知らないようだ。

「俺知らねー」
野々村はとぼけてサッサと歩き出す。

「いや絶対そうだ!松田、アンタが野々村に借りたワークは私のだよ!もしくは私の応えを写したヤツ!」
「へーそうなんだ。」
「何その軽い返事」
「いや、別にどっちでも俺は助かったしいいかなと……」
「違う!私のワークならお礼を貰うのは私!よってチャリの後ろも私!」
野々村なんかに礼をしなくていいと言っているのに松田は気付かない。
バカかコイツは。

「じゃ、こうしようぜ。俺が松田のチャリに乗って、後ろにみやのっち」

思いがけない提案に、少し戸惑ってしまった。
野々村の後ろに、乗れる。
それはそれで、いいかもしれない。
松田的には不自然な話の流れではあるのだが。

「……ちょっと待て!あれはオレのチャリだ。」
しばらく考えて気付いたのか、松田はようやく反論に出る。
「うん、いいかもしれない。そうだね、そうしよう」
野々村の後ろでもいいや。この際。
彼と少しでも近づけるならそれでも。

そういや前にも、彼の後ろに乗った事があった。
一度だけ。
後悔したくなくて、誘われるままに。
あの時をもう一度、取り戻せるならーー

何か、自分の中で矛盾してると思った。

友達以上になりいけど
友達のままでいたくて。
近いと悲しくなるから離れたいのに
離れると寂しくて。

ややこしい。

この、終わりのないループから
誰かに引っ張り出して欲しいと思った。

だけどやっぱり
こうしたくだらない時間が楽しくて。

このままでいたいと思う気持ちが
また同じ所に戻らせるのだとも、気付いていた。
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