いちばん、すきなひと。
受験のない冬って寒いだけ
文化祭が終わる頃から、肌寒いとは思っていたけど。
本格的に冬の気配を感じるようになった。

この、並木道も。
「……もう今年もあとちょっと、か……」
マフラーの暖かさを確かめるように首をすくめて、空を見上げる。
冬の色がする。

展覧会は結局、行けなかった。
行く気になれなかった。

思い出が強すぎて。

それでも…やっぱり自分の絵が飾れた所は見ておいたほうがよかったかな、なんて
今思っても後の祭りで。

絵が戻ってくるのを楽しみに待つしかない。

戻ってきたら…やっぱり、見せたいな。
すげえって言ってもらいたい。

素直にそれだけは思う。
だけど

遠回しに断られた裏に、何か困ることがあるのではと
変に勘ぐる悪い癖のせいで
声をかけるのすら遠慮してしまう。

幸い、あれから彼に会う事はなかった。
受験生の通う『図書館』にも、もう通う必要が無いからだ。

進路は専門学校に決めた。
普通に願書を出せば行ける所だ。
入学金や授業料免除等の『特待生』になるための試験はあるけれども
そのためにどこかへ通って必死に何かを学ぶものでもない。

父親も、あれからバッタリとそれについて言わなくなった。
母曰く「自分で決めた道ならちゃんと自分で責任持って進めるならそれでいい」とのこと。

よく分かんない。
責任ってなんだろう。
あんなに反対してたのは、自分を試していたんだろうか?
それであっさり引き下がって、親の進める学校に行っていたら
親はどうしたんだろう。

考えても仕方の無い事だとは分かっている。
だけど。
親が喜ぶのって、一体どっちなんだろう
自分の想い通りに進んでくれる子なのか、反発しながらも自立している子なのか。
分からない。

別に、親を喜ばせる為に生きてるんじゃない。
だけどーー

「みやのっちぃー」
パシン、と後頭部を叩かれ、我に返る。

「あいたっ!もー何よっ」
振り返ると、松田が自転車を押してすぐ後ろに居た。

「おはよ。朝からシケた顔してんなぁ」
こいつ、失礼な奴だ。
今更だけど。

「うっさい。考え事してたんだよっ」
「なに、また何か悩んでたのか」
鋭い。

いや、私が単純なだけなのか。

そう思い直して。
「…別に、大したことじゃないよ。」

そうだ、途中まで野々村の事を考えていたはずなのに
いつの間にか親の事に。

松田のそのポジションに、前は野々村がいたんだよ。
なんでだろうね。

そんな切ない気持ちを思い出すのもきっとこの寒空のせいだ。
秋と冬は切なくなる。
寂しい。

「またそうやってさーごまかすんだよなーみやのっちって」
チャリ乗る?とさり気なく誘ってくる彼を見て。

やっぱり野々村と重ねてしまう自分がいて。

「……いい。学校すぐそこだし。見つかって怒られるのごめんだわ」
「えー。バレないって」
「こんな時期にバレたらアンタだってマズイでしょ」

高校3年の冬に校則違反とか暇人のする事だ。

確かに自分も松田も専門志望で受験とは無縁な時点で暇人確定なのだが。

そんな私の考えを見透かしたように松田はニヤっと笑う。
「俺もお前も進路決まってんだろ。問題ねえべ」
「でもほら、もう学校見えてるし、先生その辺いるんじゃない?」

絶対、乗らない。
悪いけど。

それをやってしまうと、記憶が塗り替えられてしまいそうで。
彼の背中やその居心地の良さを。

ごめんね松田。

心の中でそう呟いて。
「あっ!ほら、やっぱりあそこ先生いるよ!早く隠しなよっ」
偶然見つけた先生の影を松田に教えて、私はその場を誤摩化した。




***



「っはよー」
結局、二人揃って教室に入る。
一緒に登校とか、誤解を招くしかないだろう。

皆、一瞬止まってこちらを見る。

「ん?何?」
松田は気付いているのかいないのか、素知らぬフリでいつもどおり鞄を机に放り投げる。
でもそれが正解だと思う。
だって、別に私達は何もないのだから。

席に着くとすかさずユキが声をかけてきた。
「ね、やっぱりアンタたち何かあった?朝から一緒に登校とかさー」
ニヤニヤと期待する彼女にも正直すこしうんざりしたが、悪い気持ちはしない。
そういう所が自分でちょっと嫌になったりもするんだけど。

「何もないよー、たまたま一緒になっただけ」
危うくチャリ登校の共犯者にされそうで焦った、とだけ説明しておいた。
「あはは、そりゃこの時期それだけは勘弁だね」
「でしょー、いくらなんでもそれは私もごめんだわ」

でも、少しだけ。
あの二人の時間が居心地いいと思ってしまう自分が痛い。

冬のせいだと思っておこう。
寒いと寂しくなるような。

窓際の席で、空を見上げながら
私はそう思う事にした。



「でもさ、もう進路決まって余裕あるなら、そろそろ恋愛楽しんでもいいんじゃないの?」
ユキはここぞとばかり私の痛いところを突いてくる。
今朝の松田との件をまだ気にしてるようだ。

「だってさ、周りから見てたら付き合ってるように見えるよ二人。」
「だーかーらーさー、野々村の時もそんなだったって言ってたじゃん。そして私達は何もないって話だったでしょ」
こういう話題のとき、彼との過去が役に立ったなと思う。残念ながら。

「確かにそうだけど……それって麻衣にその気がないだけでさ、相手にはあったかもしれないじゃん」
「無いって。あり得ん」
「そう言い切れるほうが不思議だよ……」
私が持つあまりの頑固さに、さすがのユキも呆れたようだ。
溜息をついて質問を変える。

「麻衣は恋愛したいの?したくないの?」
どストレートな質問だ。
受験生とは思えない。

「え…………」
言葉に詰まった私に、ユキはにヤリとした。
しまった。嫌な予感がする。

「だってさ、いい雰囲気になっても流されないってのは、麻衣にも何かあるんでしょ?」
「いや、そもそもイイ雰囲気って何」
私には分からない。
自転車の後ろに乗れとか、一緒に登下校するのが「イイ雰囲気」って言うのなら。
野々村と私はどうだったのか。

期待したくないから深く考えたくない。それだけだ。

「だから…普通に、彼氏欲しいとか恋愛したい、ってだけの気持ちならさ。ちょっとでも仲良くなった男子と、もっと楽しんでもいいと思うんだよね。付き合ってみて分かる事もあるし」

それは、分かる。
田村先輩に教えてもらった事は、無駄では無いと思ってる。

だけど。
そうやって得た答えは結局。
中途半端な想いで、付き合うのは止めようって事だった。

歯切れの悪い私の返事に、ユキはピンときたようだ。
「……もしかして、好きな人がいるとか?」

突然降って湧いた話題に、私はどう答えていいのか迷った。
「え……、なんでそうなるの」

「だってさ、簡単に雰囲気に流されないって事は、流されたくないって気持ちがあるからでしょ?誰か他に好きな人がいて、周りは対象外だからとか。」

なかなか鋭いですね近藤さん。
伊達に3年一緒じゃないわこの人。
でも、言えない。

ほんと、それくらい単純だったら良かったかも。

「えー、それならユキに相談するよー!…多分、冬の寂しさに流されてさ…適当に付き合ったりしたくないだけだよ」

「なにその真面目な台詞!」
ユキが目を見開いて驚く。

あれ、私何か変な事言いましたか。
「じょしこーこーせーなんだからさっ、もっと気楽に楽しんだらいいのに。麻衣って真面目だよね」
そこがいいんだけど、と付け加えて彼女は私の頭をポンポンと軽く叩いた。

「そうなのかなぁ…」
真面目というより、不器用なんだと思う。

野々村への想いを断ち切れないから、他の人と恋愛しようって気持ちになれない。
今すぐ誰か一人選んで結婚しろって言ってるわけじゃないのにね。

でも、そういう自分なんだから仕方ない。
田村先輩に学んだ事は、嘘じゃないと思うから。

野々村よりもっと、好きになる人ができたら。
私も少しは、変われるかな。

それって、他力本願だろうか。
ただの逃げ?

そんなモヤモヤを抱えたまま
私は新年を迎えた。


新しいこの一年こそ、ひとつ成長した自分に出会えますようにと
心に祈って。
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