いちばん、すきなひと。
美術部と思い出
秋は毎年の事だけど、体育祭に文化祭と行事が続く。
だけどーー勉強もおそろそかにできないワケで。

気付けば、何となく楽しんできたーーという感想だ。

文化祭を無事に終え、各自で片付けをしながら打ち上げの話題をする。
後で打ち上げに参加すると伝えて、美術部へ向かう。
展示した絵を外して持ち帰るためだ。

美術室へ向かう途中にふと、振り返る。

1年の時は、田村先輩と別れて。野々村と絵を見に行って。
2年の時は、田村先輩を送り出した後で部長任命されて。
胸いっぱいのままタケルくんたちとただワイワイ楽しんで。それでも離せない複雑な想いを引きずって。

3年。何やってんだろう……

ただ進路に悩み、恋に悩み。楽しむ余裕すらないままにここまで来た気がする。
おかげで美術部の活動もボンヤリしたままだ。
こんな状態で素晴らしい作品なんて出来るはずもなく。

部長として何をやってこれただろうか。

そんな思いを抱えつつ、美術部の扉を開けると
「みやのっちー!滝川先生が呼んでるよー」
由香が美術準備室から声をかける。

「?」
私は何か頼まれ事でもあるのかと先生の元へ駆け寄った。

「先生、何ですか?」
「お、宮野!例年より少し遅くなったが、連絡が来たぞ…この間の絵、入賞したって」

絵?
キョトンとする私を見て先生が笑う。
「お前…自分が描いた絵を忘れたのか?そんなに忙しいのか最近は。
あれだよ、夏休みに描いてた夕空の絵。」

「あ、あぁ!」
言われてやっと思い出した。
そういえば、描いた。
すっかり忘れていた。

「よかったな。驚くなよ…銀賞だ!部長としてよくここまでやってくれた。先生は嬉しいよ」

先生は、通知の手紙を私に手渡しながらそう褒めてくれた。

「銀賞!」
びっくりした。入選だけでも嬉しいのに、まさか銀賞とは。
昨年、田村先輩の金賞の話を思い出す。
さすがにあれには及ばないのは分かっているけど…それでも、少し近づけた気がする。

その途端。自分の景色が少しハッキリ見えた気がした。
ボンヤリ過ごしてきたけど、自分の歩んで来た道は間違ってなかったーーと。

「忙しいみたいだけど、先生はこれからも…お前には絵を描き続けてほしい。
将来云々関係なく、趣味としてでいいから。」

先生がしんみりとそう言うと、急に気付いた。
あぁ、この部活動も今日でおしまいなのか、と。

「そうですね。私も絵を描くのは好きなので…これからも続けていきたいと思います」
ベタな台詞だな、と思いつつ。そんな言葉しか出て来なかった。
素直な感想だ。

そうこうしているうちに、部の引き継ぎが始まった。
引退の挨拶、そして次期部長の任命。

「私は入部してから…前部長の田村先輩に支えられて、部活動をしてきました。去年、部長に指名された時は、自分には到底できっこないと思いました。それでも、私を支えてくれた先輩方のようになりたくて…ここまでやってきました。今、振り返って…自分は先輩らしいことを何ひとつ出来なかったなと思うんだけど。それでも、みんなが笑顔で毎日ここに顔を出してくれたことが、何よりも嬉しかったです。たくさん、私のほうが支えられてきました。みんな今までありがとう。」

心はとてもサッパリしている。
昨年とは大違いだ。

何故、あんなに泣いたのだろう。
今となっては、思い出せない。
そんなもの、なのかもしれない。

そんな事をボンヤリ考えながら皆の顔を見ると
やっぱり涙を浮かべている子もいるわけで。
あぁ、そうだよね。と納得してしまう。

私もそうだったよ。
それだけは分かる。

「みやのっち先輩、引退してもまた遊びに来てくださいね」
「ありがとう。暇人だからしょっちゅうくるかもよ」
あははと軽く笑いに変えて。

後輩で一番頼れそうな子に、部長を任命する。

「あなたならできるよ。頑張ってね」

昨年、私が言われたように。
私も、彼女にそう告げる。


こうして。少し寂しいけど秋風のように爽やかに、引き継ぎは終了した。


作品を持って部屋を出る。
後輩たちに笑顔で手を振って。


教室に戻る途中、久しぶりに声を聞いた。

「みやのっち!」

この声は。

まさか、というより早く振り返る。

「文化祭おつかれー!それ、美術部の絵?」
このところ全く話す機会もなく、こちらから話しかける理由なんて見つからず
ずっと、ずっと聞きたかったのに聞けなかった声。

「……野々村」

「んだよ、みやのっちまた無理してんじゃねーだろーな?」

ヤバイ、泣きそうだ。
久しぶりすぎて何を話せばいいのか、どんな顔していいのか分からない。

それでも。平常心を装って。

「してないよー今日で部長もおしまいだしね!いやー私がんばったね!」
わざと明るく声を出す。
こんな感じだったよね?

もう、忘れてしまったけど。

「そうか、今日で美術部も終わりかー。みやのっち頑張ってたもんな。よっ部長!」
「だからもう部長じゃないって。」
バンッと彼の背中を叩き、同じテンポで返してくれるノリに居心地の良さを再確認してしまう。

「ってーな。んじゃ部長おつかれ。で、それは今年の絵だろ?」
「そーそー、毎年恒例の展示ね」
「今回はどんなの描いたんだよ?」
「ん?これは静物画。デッサンの練習も兼ねてやってみた」

キャンバスをくるりと回して、かごに入った果物の絵を見せる。

「ふーん、やっぱり上手いな。今年も展覧会って出したのか?」
ホント、よく覚えてるよね。
そういうのが嬉しかったりするんだけど。

期待しちゃうじゃん。やめてよね。

「出したよ。」
普段通りで話すんだ。
変な空気を読まれないように。
自分に言い聞かせて、しれっと答える。

「え、これ出したの?」
「違うよ。別のやつ」
「じゃ、また入賞したのか?」
「そ」

すげえ!と喜んでくれる彼を見ると、こちらも顔がほころんでしまう。
ついつい、自慢したくなる。

「…結果、気になる?」
「おい、そんな聞き方するって事は期待していいんだろうな?」

「期待?やめてよー!そんな大したモンじゃないから」
「じゃあそんな言い方すんなよ。正直に話せ。どうだった?」
「銀賞」

一瞬、彼が目を見開いて止まった。
次の瞬間。
「すっ……げえ!!みやのっちマジかよ!?」
「冗談で言いませんこんな事。恥ずかしいったらありゃしない」
「マジか!やっぱお前部長だなーすげえなー」
そして私の頭をわしゃわしゃとかき回す。
「ちょっ!頭ボサッたじゃんか」
「いいだろ、だってスゲーじゃん!」

ぽんぽんと頭を叩く仕草も、実はとても嬉しかったりする。
全然変わらない。変わってないのに。
久しぶりすぎて緊張する。

私だけが、浮かれてるんだろうけど。

「がんばったなーマジお疲れ!」
「うん、ありがと」

そんな会話をして。
ふと昨年のような期待をする。
見に行けるかな、一緒に。

でも、それを聞く勇気もなく。

すると彼から
「去年見に行ったもんなーあれよかったよなー」

これはもしかして。

「だよねーまた行けるかなー行きたいなー」
と、言ってみる。

ちょっと緊張。
でも、彼の返事はあっさりしていた。
「みやのっちは行ってこいよ。お前は自分の絵だからな、絶対見てこいよ!」

一瞬、目眩がした。
遠回しに断られた気がしたからだ。

やっぱりね。そうだよね。
期待した私がバカでした。
ハイハイ私が調子に乗りすぎました、と。

久しぶりすぎて距離感が掴めない。
それでも、彼は軽く言うので
今回は都合がつかないだけかも、なんて
自分に都合よく思ってしまう。

彼も受験生だしね。遊んでばかりいられないよ。

どうしてこうも、彼には気持が振り回されるのだろう。
彼の本当の気持が知りたい。
分かりきってるから知りたくないんだけど。

やっぱりまだ、どうしていいか分からない。
強行突破できたらいいのに、なんて思ったけど
そんな覚悟があったらこんなに苦労してないよね。

なんて自嘲気味に笑ってしまう情けない放課後の廊下。
夕日が窓から差し込み、私達の立つ廊下を照らしていた。
< 69 / 102 >

この作品をシェア

pagetop