いちばん、すきなひと。
素直な自分になりたい、ただそれだけ
家で過ごす年末年始も悪くない、なんて思ったのはどうしてだろう。

自分の行き先が見つかったせいかもしれない。
やっぱり自分は絵を描きたいと、再確認して。

最低限の勉強を済ませるとーー他の時間はひたすら絵を描いた。
そんな冬休みだった。

1月の通学路はまだ寒い。
雪こそ降ってはいないけど、薄暗い空を眺めながら
いつもの並木道を歩く。

この道を歩くのも、あと少し。
年明けは皆もうひたすら勉強しかない。
進路決定組としては気楽な毎日だが。

「みやのっち、おはよー」
後ろから声をかけるのはもちろん
「…おはよ。松田、今日は歩きなんだ?」

私は振り返って彼の歩く姿に首を傾げる。
自転車、先生に見つかったんだろうか?

「ーん?あぁ、たまにはいいだろ。チャリだと耳がいてーんだよ。」
それ貸せよ、と私のイヤーマフを取ろうとする。
「ちょっ、やめてよねっ。これ無かったら私も寒いし!」

そんなやり取りをしていると後ろからまた声がする
「おい、朝から人の前でいちゃつくんじゃねえよ」

……タイミングいいのか悪いのか。

松田が振り返りながら声の主にふざけた返事をする
「…おいおい、言いがかり付けんなよなー受験生くん。焼きもちかい?」

「…誰が。お前らだけ楽しそうにすんじゃねえよコラ。仲間に入れろ」
そうやって松田の首に腕を回して肩を組んでいるのはもちろん、あの人。

「俺は受験なんか楽勝に決まってんじゃねーか。なぁ?みやのっち」
変に気を回しているのは私だけなのだ。
彼はいつも通り、変わらずに過ごしている。

「…え?あーうん、そーだねー。野々村サマはいつもカンペキでいらっしゃいますからねー」
「オイこら、その棒読みいい加減やめろって」
彼は不機嫌そうに松田の肩を組んだまま、私の頭を小突く。
「あいたっ、もー女の子に酷いわねえ」

こっちもとことんテキトーにしてやるっ
悔しいから。

「へえ、女の子ねえ…」
ニヤニヤと顔を近づける野々村に少しドキッとしながらも
「…うるさいっ!そこ拾ってくんな!」
なんて虚勢を張ってしまう。

ホントは、女の子扱いされたいんだよ。アンタに。

「ふははははっ、かわいいのーみやのっちは。松田よーコイツってキャラ変わってねえ?」
あれ、なんかマズかっただろうか。
てか、今何て言った?

かわいいって、言った?

些細な言葉に反応してしまう自分が少し悲しいけど、その言葉が嬉しかったりもする。
たとえ冗談でも。

「…まぁな。みやのっちは可愛いよ。俺のおかげか?」
松田が話をややこしくする。
止めてくれ。

「おい何言うんだ松田。いい加減にしろ」
私は低い声で松田を睨んだ。

こわっ、とおどけたフリをして松田は野々村の後ろへ隠れる。
よしよしと松田を慰めるフリをして彼はニヤリとする

「…へえ、お前らそーいう関係?」

ほら、やっぱり。

「違うし」
私が即答したけど松田は顔色ひとつ変えず
「だそうだ」
と肩をすくめる

野々村は呆れた様子で私達を交互に見、呟いた。
「何だよお前ら…ワケわかんねーの」
お前だよワケ分かんねーのは、と内心言いたくなったけど堪えて。

「とーにーかーくっ、松田がチャリ乗ってないのって珍しいよねって話!」
話を逸らした。
というより元に戻しただけだが。

野々村もそれには同意したようで
「ホントだな。松田どーしたんだよあのチャリンコ。俺今日帰りに借りようと思ったのに」
上手く話に乗ってくれたみたいで助かった。
それにしても帰りに乗って帰ろうと思ってる事自体どうかと思うけど。

「だから、今日は寒いから置いてきたんだって!みやのっちとのんびり歩くのもいいじゃねーか」
またそーやって話をややこしくするのか松田ってやつは。

野々村は意味有りげにニヤリと笑い、私の肩をぽんと叩いて頷く
「幸せものだなーみやのっち。松田がこんなにも想ってくれてるぞ」
「残念ながらお断りします」
「オイそれそこで言うな」
私と野々村のやり取りにすかさず松田が入る。

この三人の掛け合いは昔と変わらず好きなんだけど。
やっぱりどこか昔と違う訳で。
それがどう違うかと言われても、上手く説明できない。

いろんな糸が絡まっているようなーーもどかしい気持ちになる。

ふと、思った。
これを、卒業までこのまま続けていくんだろうかーー?と。

自分の気持ちを隠して、ごまかして。
へらへら笑って、時が過ぎるのを待つんだろうか?

すぐに答えが出るわけでもなく。

私は悶々としながらも、この居心地のいい楽しい雰囲気を壊したくなくて。
ただのノリだけで、なんとなく気付かないフリをし続けて学校へ向かった。

それでも、久しぶりに彼に会えた事は嬉しいワケで。
今日の星占いは一位だったのか、なんてーー見てもいない情報を勝手に考えたりした。


***


「みやのっち、英語!」
廊下から呼ばれて、反射的に立ち上がってしまう休憩時間。

「…はい?」

最近なかったやり取りなのに、どうしたものか。

廊下からデカイ声で私を呼び、皆の注目を集めながらもさして気にせず
野々村は掌を私に差し出してワークを催促する。

「ん」

「ん、じゃないよ。何?」

私も敢えて意地悪してみる。
今まで来なかったのに急にどうしたんだと思うからだ。
調子いい女みたいんじゃん私。

「だーかーらっ、今日英語あんだろ。俺、やってねーんだよ」
「…なるほど。で、貸してくれと」
「そーそー、いつもの事でしょ。みやのっち」
だからハイ、と突き出された掌に思わずワークを渡してしまう。

後でまた返してもらえるから、そのときに会えると思ってしまうからだ。
自分の甘さに少し残念な気持ちもあるんだけれど。

好きなんだもん。
しょうがないじゃない。

「っしゃ!さんきゅー。また後でな!」
そう言って野々村は私の頭をくしゃりと撫で回し、ご機嫌で教室へと引き返していった。

「……最近来なかったのに、どうしたんだろね?」
私の思っていた事を、ユキが後ろからボソっと突いてくる。

「だよね。私もそう思ってた」
「それでも貸してしまう麻衣ってば……」
変に解釈されてそうな気がして慌てて訂正する。

「だから条件反射なんだってば。言われたら断れないんだよねー」
「確かに松田にもよくそうやって絡まれてんもんねー」
ユキは頷いて松田の方をチラリと見た。

「ん?何だよ。」
「今日は珍しく麻衣にワーク借りないのね?野々村が持ってったよ」
ユキが松田をからかうように言う。

私としては非常に気まずいんですけど。

ところが松田は興味ナシ、というように
「あ?英語のワーク?…まぁ、今日の俺には必要ねーからな。いいんじゃねえの?」
「あら珍しい。そうなの」

私にとってもその反応は少し予想外で。
思わず彼を見てしまった。

彼は私の方をチラリと見ると
「俺だってたまには自分でやるさ。いつまでも頼ってちゃいけねーしな」

「おおー松田くん成長したねー」
ユキは冗談ぽく喜んでいるが、何となく私にはそれが冷たく聞こえた。

(いつまで、寄りかかるつもりだよ)

そう聞こえた気がした。

その台詞が、自分に向けてなのかどうかは知らない。
だけど。少なくとも。

今朝の絡まった糸を、そのまま放置しちゃいけないって
そう言われてる気がした。

いつまでも頼ってちゃ、いけない。

そうだと思う。

松田にも、野々村にも。

私は少し、甘えすぎているのかもしれない。
だからといって、どうすればいいのか。

私にはまだ、分からなかった。

だけどーー
ただひとつ
ひとつだけ。

もう少し、素直になりたい。

とだけ、思った。
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