《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
 それは新月の日の夜空に似た、とても深い暗闇色の瞳だった。

「ん……此処は、何処だ?」

「風の国シュサイラスア。君、怪我がひどいよ? 早く手当てを…」

「ああ、あの田舎の国……じゃあまた失敗か。何でこんな所に」

 ジュリアンは〝田舎の国〟と言う言葉節と冷たい声色に敏感に反応した。

「おいアーサ、もしかしてこいつルゥアンダ人じゃあ…」

「分かってるよ。でもこんな怪我の人を放っておけない」

「それはそうだけどさ……」

「……うるさいよ君ら。さっきから何? 僕は疲れたからここで寝てただけだ。手当は要らない。もう行かないと」

 そう言うと怪我人は覚束無い足取りで立ち上がる。

「待って! そんな怪我で何処に…」

「静かにして。早くしないと万理の気配を辿れなくなる」

「気配…?」

 怪我人はふらつきながらも、空中に何やら複雑な陣を描き瞳を伏せた。だがその陣が発動する事は無かった。

「な、何で……もう一度っ!」

 しかし何度試しても陣は発動しない。そのうちに怪我が酷いのか膝から崩れ落ちる様にして両手を着く。まだ出血は止まっておらず、地面に新たな血痕を増やしてゆく。

「だ、大丈夫? ねえ、君が急いでるのは分かったけどやっぱり怪我の手当てをさせて! 俺の名前はラインアーサ。君は?」

「っ……嘘だ、万理の気配が……消えた? 何で……」

「おい、聞こえてるか? ちなみに俺はジュリアンだ。お前の名前、聞いてんだけど?」

 ジュリアンが姿勢を低くして怪我人の顔を覗き込むもやはり返事はない。それもその筈だ、当人は意識を失いかけ再び地面へと倒れ込んだ。

「……っ…万、理……」

「おいアーサ、やばいぞ! 意識が…」

「やっぱり無理してたんだ…!」

 ジュリアンは即座に怪我人を仰向けにして楽な姿勢にする。そのまま癒しの風を施すラインアーサ。やわらかな暖かい風が身体全体を包み、全ての傷を完全に癒してゆく。

「よし、じゃあ救護班の所まで運ぶぞ!」

「俺も手伝うよ!」

 救護班の天幕が貼ってある場所まで運び込み簡易の寝台に寝かせると、すぐにアマランタが診てくれた。

「大丈夫です。殿下の治療のおかげで怪我は完治してます! 脈も異常ないかと。少ししたら意識も戻ると思います」

「ありがとう、アマランタ」

「いえ!」

 礼を言われたアマランタは少しはにかみながらラインアーサに敬礼をした。
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