社長は今日も私にだけ意地悪。
「柳葉さん、担当している彼等の演奏はもう直接聴いたの?」

フレッシュトマトソースのパスタを口にしながら、社長が私にそう尋ねる。
美味しそうだったので私も社長と同じパスタを注文したのだけれど、トマトの風味が口の中全体に広がり、かと言って酸味は強くなくまろやかという、絶妙な美味しさ。こんな味、今まで食べたことはない。


「はい。今日も日中、スタジオを借りて練習をすると言っていたので、空いている時間にお邪魔したんです。
凄かった……会社にあったサンプルのデモは聴いたことがありましたが、生で聴いたら機械越しに聴くデモなんかとは比べ物にならないくらいの迫力でした」

木崎さんのよく通る低音の歌声は、聴いた瞬間に身体がビリビリと震えた。
彼等が演奏するのは全てロック。
聴いているこちらの全身がカッと熱くなるような歌声と演奏は、ロックにぴったりだった。

歌声だけじゃない。ドラマも、ギターも、ベースも、キーボードも、どれをとってもすぐに一線で活躍出来るんじゃないかと感じてしまった。

私は、そういった感じたことを全て社長に伝える。
そして。


「彼等の曲を、早くもっとたくさんの方に聴いてもらいたいです」


自然に出た言葉だった。あれだけ生意気で、頭を悩ませられる彼等だけれど、きっと私は彼等の演奏を聴いた瞬時に、彼等のファンの一人になったのだ。


社長は「そうか」と穏やかな笑みを浮かべていたけれど、佐藤さんには「そう言えばお前って、何でこの仕事に就こうと思ったんだ?」と突然聞かれる。

「え?」

「いや、本社に入ってプロモーションアシストをしたり、経営企画の事務に就いたりする方が新卒には人気あるのに、何でマネジメントを選んだのかなと」

ああ、そういうことか。でもその理由は、こんな場所で改まって話す程特別なことじゃないから少し恥ずかしいのだけれど、


「小学生の頃から、歌手とかアーティストとかアイドルとか、とにかく歌が好きだったんです。子供の頃のお小遣いのほとんどはCDを買っていました。カラオケも昔から好きですし」

「ふうん? 自分で歌手になりたいとかは思わなかったのか?」
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