王太子様は、王宮薬師を独占中~この溺愛、媚薬のせいではありません!~
シャーリーンはもうなりふり構っていられなかった。一口でいい。お茶を飲んでくれさえすれば彼は恋に落ちるのだから。
「……ひどいわ」
「シャーリーン殿」
潤んだ声で咎めるシャーリーンに、さすがのギルバートも足を止めた。
「王子様のために、一生懸命用意したお茶です。それを一口も飲んでいただけないなんて、私、侮辱されたようなものですわ」
「すまない。別にあなたが悪いわけではないんだ。結婚のことも、キンバリー伯爵には俺のほうからきちんとあなたに非がないことを伝えておこう」
「そんなことはどうでもいいのです。ただ、一口でいいんですの。私が淹れたお茶。……飲んではくださいませんか? それさえもかなえてくださらないなら、私、もう死んでしまいたい」
いつもは気の強い令嬢に泣かれてはギルバートもバツが悪い。
ひと口だけ、とあきらめて席に戻り、ティーカップを傾けた。
そのとたん、急に視界が狭まった気がして、ギルバートは瞬きをする。
紅茶の味はおいしい。豊かな香りが鼻をくすぐり、適度な温度が喉を温め、優雅な気分になる。しかしながら心臓が急に早鐘を打ち始め、中心以外がぼやけたように見える。急に思考がぼんやりとしてきて、ずっと頭の中にいたはずの女性の顔がぼやけた。
一緒にいたいと願った人。屈託なく笑う、気取らずに話せる人。
それはいったい誰だったろう。
大切にしてきた筈の記憶が、どんどんぼやけてどこかに行ってしまう。
(あの場所はどこだ。誰かと、お茶を飲んだ記憶はあるのに、それが誰かもわからない……)
「大丈夫ですか? 王太子様」
駆け寄ってきたシャーリーンに、ギルバートは見とれた。
脳内でぼやけたままの女性にシャーリーンの姿が重なったような気がしたのだ。