花と蝶
欣宗は明らかに不機嫌になった。それ以上に僖嬪は不機嫌だ。欣宗が自分以外の誰かを愛する姿をみるのが僖嬪は嫌いだった。
正嬪の隣に座っていた淑嬪が顔を近づけ、囁いた。
「中殿媽媽と僖嬪の溝は深いようね」
「正室と側室はいつも隔たりがあるものです」
「そうね」
淑嬪は顔を離して平然を装って見せた。後宮が一人増えようが二人増えようが構わないといった感じだった。
しかし、僖嬪とは別に気が気でない人物がもう1人いた。劉尚宮だ。霞のような存在であるのに新たな後宮が揀擇されれば、存在などなくなってしまう。劉尚宮は動悸を覚えた。
「今年の九月十日に後宮揀擇を行う!監督は中殿だ!」
欣宗はそう言って手にしていた杯をご膳に叩きつけた。得意げに中殿韓妃は笑みを浮かべた。
宴会は嫌悪な雰囲気になり、終わるべくして終わった。列榮堂に戻った正嬪は直ぐに髪を下ろして布団に入った。ひどく疲れていた。目を閉じる。
また、光城君の背中が浮かぶ。
「秀玉、また木蘭を見よう」
「旦那さま…」
「亭で木蘭を眺めている君が愛おしかった…いや、毎日が君を愛おしく思わせてくれた」
そういうと光城君はすっと闇に消えていった。
「行かないで!旦那さま!」
正嬪は飛び起きた。叫び声に気づいた朴尚宮が慌てて寝所に入ってきた。
「媽媽、媽媽!」
「悪夢を…悪夢を見ただけよ…美しい悪夢だったわ」
「恐れながら、光城君媽媽のお名前を叫んでおりました」
「あの方は死んだの!魂がまだ漂っているのよ…哀れなあの方は…」
正嬪は失神して朴尚宮の腕の中で倒れた。
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