花と蝶
「僖」とは、よろこぶの意味がある。発音は「フィ」。彼女を後宮にしたときの欣宗の喜びようがわかる。第1後宮として厚遇されているのに、突然、現れた正嬪にその座を奪われるのが僖嬪の恐怖であった。僖嬪は与えられた人生の中で愛にしかすがれない哀れな女だった。
「正嬪が懐妊したら、こなたなんて捨てられる…何とかしないと」
僖嬪は腹をさすった。子のいない不安は彼女だけのものではない。中殿韓妃も同じであった。
中宮殿に領議政と父の昌山府院君が入っていった。韓妃は二人の顔をみるなり、何を言い出すのか、察しがついた。
「領議政殿、父上、懐妊の件でしたら諦めております」
領議政と昌山府院君は顔を見合わせてあごひげを撫でた。昌山府院君はあきらかに困った表情を浮かべる。
領議政が言った。
「媽媽、懐妊を諦めるにはまだお早いかと」
「お飾りの中殿はお飾りのままで良いのです」
きっぱりとした口調で韓妃は言った。次に昌山府院君が言葉をかける。
「ならば、王子君の中から養子を選んではどうです?劉尚宮の産んだ誠仁君などいかかでしょう?」
「こなたは劉尚宮が嫌いです。嫌いな女の御子を養子になど到底できません!」
「よくお考えくださいませ…誠仁君を世子にすれば媽媽は大妃の座を約束されたも同然です」
昌山府院君の言葉に領議政は頷いた。
「それに王室には内殿取子という慣例がございます。嬪御の御子を中殿が育てるのです。中殿媽媽は王妃であり、嫡母なのですからね」
韓妃は不服なのか返事をしなかった。
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