黙ってギュッと抱きしめて
* * *

 今日は花の金曜日。仕事もそこそこに切り上げて、3日前に約束を取り付けた男を駅で待つ。恒例の残念会だ。

「…うー…さっぶ。女子を待たせるなんてほんっと…。」
「ほんっと、何?」
「うわ!遥(はるか)!オーラをもっと出してよ!」
「どんなオーラだよ…ありえねぇ。」

 大久保遥(おおくぼはるか)、同じく26歳。地元が同じの幼馴染。大学は違ったが、高校までは同じところに通っていた。大学も同じ県内だったため、こうしていまだに定期的に会い続けている。

「鍋パするぞー!」
「今度は片付けてんの?」
「失礼だなぁ遥は!片付けてますよーだ!」
「別れたって言ってたから、荒れてんのかと思ってた。」
「あ、荒れてないもん。」

 翼は別れるたびに、こうして遥を呼びつけては残念会を開いてもらっている。たとえ、遥に彼女がいても、だ。それが本当はあまりよくないだろうことも知っている。ずるずると遥に甘えていることも、本当はちゃんと自覚している。だが、今は遥に彼女はいない。だとすれば、今回のは合法的に開催される残念会と言えるだろう。

「なんと今回は、全額私の奢りです!」
「おー太っ腹だねー。」
「あ、ちょっと今お腹ツンってしたでしょ!」
「太っ腹ってそういう意味かと。」
「違うわ!」

 翼の家までは駅から徒歩15分。こうして翼の家まで二人で並んで歩くのは、もう何度目になるのだろう。そういえば、4か月前は隣に彼氏がいたんだっけ。

「ん?何?」
「んー…べっつにー。」
「…翼のくせに隠し事しようなんて、生意気。」
「はぁ?」

 幼馴染の失礼な物言いに反抗しようとすると、遥は少しだけ口元を緩めた。

「思ったより吹っ切れてるみたいじゃん。前の前の彼氏?のときは、結構ひどかったのに。」
「…お、大人ですから!私も!」
「はいはい、そーですね。」

 彼氏と楽しく歩いた同じ道を、遥と歩いてしまう自分はなんてずるいのだろう。そう思ったことも1回じゃない。
 それでも何度も遥を呼びつけてしまうのは、遥が何でも話を聞いてくれることが嬉しいからなのだと思う。
< 2 / 29 >

この作品をシェア

pagetop