黙ってギュッと抱きしめて
「もしもし。」
「なに?もう電車来るんだけど。」
「いやあの…げほっ…あの、ですね。」
「いいから寝てろ、マジで。」
「部屋が…見せられない汚さっていうか…。だから…。」
「まさか片付けてねーよな。いいから。」
「いやいや待って。げほっ…ごほっ…うぇ…。」
「喋んな。」
「む、無理だよこの部屋。私一人が生きるスペースしかないもん。」
「だから何?」
「下着とかまで散らばってるんだよ?」
「だから何だって?」
「汚すぎて見せられない!軽蔑されたくない!さすがに遥には!」
「…部屋汚いくらいでお前のこと軽蔑するわけねーじゃん、今更。下着も見られたくないのだけ隠しといて。普通の服くらいは我慢しろ。電車来たから。色々諦めろ。」

 全然伝わらない。こんなに伝えたのに。
 そして本当に30分足らずで遥は我が家に到着してしまったのである。

「…なんで汗だくで掃除してんの。」
「だ、だって必死で…。」
「顔真っ赤だし、何さらに熱上げるようなことしてんだよ。」

 伸びてきたひんやりとした手が、迷いなく翼の額に触れた。そしてそっと頬にも触れる。

「あー…結構高いじゃん。ほんといい年して何やってんだよ、翼。」
「…ちょっと、私の想定を超える仕事量を…任されてしまって…。」
「メシちゃんと食ってた?」
「…あまり。」
「寝てた?」
「…い、いいえ。」
「体調管理は基本だけど。」
「わかってるけど!できないときもある!!!」
「威張って言うな。とりあえずタオルで身体拭け。診察券持ってる一番近い病院行くから。」

 それだけ言うと、遥はおもむろに引き出しを開け、タオルを取り出した。
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