拘束時間   〜 追憶の絆 〜
 彼とのセックスのタイミングを一人で妄想する前に。タイミングよく彼からのLINEに気がついて、まずは彼と二人でランチをとることの方が先決だった。

 「ごめんっ!今行く!」

 私は、早急に短く返信すると既読になるのも確認せずに、エレベーターは使わず非常用の階段を滑るように駆け下りた。

 およそ5分後。社食に到着し、だだっ広い社食の中を、目を皿のようにして彼を探した。

 「沙綾、お疲れさま」

 むしろ彼のほうが私を見つけて、声をかけてくれた。
 
 「あっ、ごめん......。待たせちゃったね」

 「大丈夫。それより随分急いで来たんだろう?すごく息が上がってる。確かに昼休みは貴重だけど、そんなに急がなくても.......」

 だって、別々の課にいる私達が会える”昼休みは貴重”だよ......っ!

 頭では、彼を待たせたことを素直に反省するべきなのは分かっていても。じゃあ、あなたは私と過ごす昼休みは貴重じゃないの?......なんて傲慢なことをいちいち思ってしまう。

 彼のそんな些細な言葉にヤキモキしてしまうくらい彼に私を見てほしいと思っているのに、未だ彼に私の全てを捧げるという気持ちになれないのは一体どういう矛盾だろう?

 「沙綾の言う通り、別々の課にいる俺達が会える昼休みは貴重だよ。でも、急いで走って転んだりしたら危ないから」

 なんで彼は私の考えてることが分かるの?


 
 「何食べる?」

 彼は先ほどの話に終止符を打つかのように、話題を今日のメニューへと切り替えた。

 私達は揃って同じメニューを頼んで窓側の席に座った。

 私は対面した彼を改めて見つめた。

 金糸にも似た薄茶色の髪が清流のようで、髪と髪の間をそよ風が通るとサラサラとせせらぎが聞こえてきそう。

 そして、その髪が触れる面立ちは『端正』と、一括りするには惜しい。おそらく彼の面立ちの比率は小数点が必要ないくらいに整った数値だ。

 中でも琥珀色の瞳は、地底深く湧き出てくる泉のようで。そこに一雫の嘘を落とそうものなら、たちまち濁ってしまいそうなほどに澄んでいる。

 こんなに素敵な男性が、どうして私なんかを好きになってくれたんだろう ーー?

 またしても傲慢な思い込みかもしれないけれど。初対面から彼は私に優しかった気がする......。


 
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