拘束時間   〜 追憶の絆 〜
 白昼の真っさらな太陽の光から逃げる様に。私は、ひんやりと冷たい室内に身を置いて彼が迎えに来てくれるのを待っていた。

 およそ30分後、スマホの着信音と共に緑色のランプが光った。

 さっきまでは、光り続けているスマホのランプにあれほど危機感を感じていたのに。今は一定間隔で点滅する緑色の光が、実に平和的な信号に思える。

 「遅くなってごめん。今、駐車場に着いた」
 
 「ありがとう。一階のエントランスにいるよ」

 「分かった。今、行く」

 「うん、待ってるね」

 亀裂が入っていたことなど嘘のような、交際順調なカップルの日常会話 ーー。

 特別なドラマは要らない。

 こうして彼と普通に話せることが一番幸せを感じる。

 この時私は、再三汚い言葉で自分をなじっていたことなど、とっくに忘れていた。

 まるで、初デートでの待ち合わせのように。私は、ただひたすら彼がこの場所に現れることだけを待ち望んでいた。

 エントランスの扉が開くたびに外の熱気と店内の冷気が合わさった生ぬるい風が吹き、涼しい室温に慣れた身体の感覚を鋭く突かれた。

 何度か、その感覚を味わった後で待ち人は来た ーー。

 何人もの男性客が扉を潜り抜けていく中、誰にも引けを取らない。遠目でもはっきりと分かる、あまりにも完成された姿......。

 183cmの長身に高い腰の位置、そして、そこから始まる長い足。広い肩幅に程よく筋肉が付き引き締まった腕。

 風を受けて、なびく髪が異国の広大な麦の海を思わせる。

 風に舞った髪が、スッと高い鼻に微かにかかると彼は煩わしそうに、繊細だけど関節が目立つ男っぽい指先で払った。

 その仕草をした時に細めた彼の琥珀色の瞳の奥は、店内の照明を受けてどこまでも透明で澄み切っているだろう ーー。
 
 「お待たせ」


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