拘束時間   〜 追憶の絆 〜
 ”何があっても離さない” ーー。

 思っていたよりも、ずっとずっと。優斗から私への愛情は深く、そして彼がどんなに包容力のある男(ひと)か、分かった。

 もし、私が彼の立場に置かれていたのなら、彼のように自分の受けた傷を隠しながら恋人を愛することなど、きっと出来ないだろう。

 彼は私が今までかかえていた、混沌として卑屈な感情を浄化して、私の心を甘く甘く溶かしていった。



 優斗の胸元から薫るマリンシトラスの香りは、人前で抱きしめられている恥ずかしさを麻痺させてどこまでも私を酔わせた。

 私は生来の彼の身体の匂いと混じり合った、その甘美な香りを自分の身体の中へと取り込んだ。

 惚れ薬とも媚薬とも違う恋のスパイスの効果は。公衆の面前で抱きしめ合う私達へ向けられる数多の人々の視線を遮断して、この場所を彼と私しか居ない二人だけの世界にした......。

 やがて、安らぎで満たされた瞳は重たくなり。私は、なすがまま彼の胸の中で瞳を閉じた。

 すると冷気で萎れていた花々がたちまち蘇生してゆくシーンが瞼に浮かんだ。
 
 渇いた心が潤って。それはこの男(ひと)にしかできないことなんだと思いながら、私は彼の温かい胸に抱かれていた.....。
 
 

 「優斗......」

 わけもなく彼の名前を呼んで存在を確かめる。

 「なに......?」

 彼の声が聞こえて、私は至上の安心感につつまれる。

 ”優斗と別れる。”その言葉は強がり以外のなにものでもなかった。

 私達の絆を蝕んだ昨夜の出来事は、”一夜の過ち”として今は、もう。忘却の彼方へと消え去っていた。

 「帰ろう、俺達の家へ」

 「うん......」

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