拘束時間   〜 追憶の絆 〜
 心なしか、彼の声は覇気なく萎んで聞こえた。

 私が彼に”おかえり”と、言わなかったからだろう......。

 つい一時間前まで。仲良く寄り添っていた恋人の様子が別人のように変わったのを知った彼の声に、不安感が含まれていることは分かったが。それでも私は、彼に”おかえり”と、言えなかった。

 そして。彼が話しかけても私は応えず、彼と距離を置こうとした。

 しかし、それは意図的にではない。

 私は錯乱していたのだ。

 時間にすれば、ほんの僅かだったと思う。

 彼に対しての様々な疑問、疑念が電気信号となって光速の速さで脳内を駆け巡り、私は自問自答を繰り返していた。

 今、私の目の前に現れた男性は本当は誰なのか?

 『優斗君』と『優斗』の、二人の写真に記された『怜斗』という名前。

 私の中で。昨日まで拠り所だった彼の存在は、色褪せていった.....。


 「どうしたの......?」
 
 彼が不安そうに私に尋ねる。それでも、相変わらず無言の私に彼は、

 「......俺、着替えてくるね」

 と、言って自分の部屋へ向かった。

 いくら話しかけても無反応の私に。きっと彼は、蝋人形にでも話しかけているような気分だったかもしれない。

 砂の城と化したこの家で、彼の独り言だけが虚しくこだましていた。

 彼の部屋は、さっき私が入った時のままで。だだっ広い床に、あの写真だけが一枚ポツンと置かれている。

 彼は、今から。私が蝋人形のように黙秘を続けている理由を知ることになる......。


 リビングを出て、廊下の突き当たりが彼の部屋だ。

 いつも聞いている彼の廊下を歩く足音が、私には今とても奇妙な物音に聞こえている。

 今。彼は、どのあたりだろう?

 部屋のドアに手は、かけた?

 ーー 彼の行動を頭の中で想像する。

 すると、自分の心臓が早く動いていて、”ドクドク”と音を立てているのが分かった。

 それが、怖くてとても嫌だった。

 そういう不快感に苛まれていたら、”バタバタ”と恐ろしい彼の足音が聞こえた。

 「沙綾......っ!!」

< 91 / 136 >

この作品をシェア

pagetop