君の思いに届くまで
どれくらい飲んでどれくらいの時間が経ったんだろう。

いつの間にかワインボトルが2本空いていることに気付いて2人顔を見合わせて笑った。

「ヨウには恋人はいるの?」

琉は空になったワインボトルを店員に渡すと静かに尋ねた。

「いません」

気の置けない男友達はいるけれど、完全に友達の域は超えてはいなかった。

彼氏と呼べる相手は2年前、大学卒業と同時に別れたっきり。

それ以降は好きな人も彼氏もいない。

「好きな人はいるの?」

好きな人。

顔を上げると、琉が潤んだ瞳で私を見つめている。

体中が熱い。

好きな人は・・・。

琉の名前を心の中で叫びながら見つめ返した。

ワインの酔いと溢れそうな自分の気持ちが重なって大胆になっていく。

「琉には、フィアンセがいるんでしょ?」

気付いたらそんな言葉を琉に投げかけていた。

「誰からそれを?」

琉は一瞬真顔になったけれど、すぐに微笑む。

「マミィから聞いたの」

「そうか」

琉は表情を変えずにワイングラスに口をつけた。動揺している様子は微塵も感じられない。

これが大人の余裕ってやつなんだろうか?

ただ、ワイングラスの一点をじっと見つめて何かを考えているようだった。

「結婚するの?」

「そうだね。ヨウに会わなければしてたかもしれない」

「私に会わなければ?」

すぐにその意味を理解できずにいた。

琉はほおづえをついたままワインを飲む。

そして、私の目をじっと見つめた。

「恋に落ちるってこういうことなんだね。俺は30になって初めて経験した」

恋に落ちる。

ホールに誰かの笑い声が響いた。

琉の瞳が薄暗いホールを僅かに照らす電灯の光を反射して揺らめいていた。

そうだったんだ。

これが、恋に落ちるっていう感覚なの?

誰にも止められない。

過去も現在も未来も関係なくて、好きになる理由なんて必要なくて。

気がついたらただその人に一気に引き寄せられる高ぶった感情のみが存在してる。

これはきっと夢だ。

ホームシックにかかって、人恋しくなってしまった私に見せた束の間の夢。

こんなことあるわけないもん。

あるはずないよ。

ワイングラスをぎゅっと握り締めた私の手の上に、温かい手が重なった。

「一緒にロンドンに来ないか?」

それは突然だった。

重なる熱い手を感じながら、私は黙ったままうつむいた。

行きたい。

一緒にロンドンに行きたい。

体中が私の脳にプッシュしている。

「・・・行きたいです」

言ってしまってからハッと我に返る。

教授にもクルーズ夫妻にもお世話になってる身なのに、琉とロンドンに行くなんて間違ってる。

「いえ、今のは冗談です」

自分の表情が強ばるのを感じながら言い直した。





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