イミテーションラブ
歓迎会が無事終わって、私は田崎涼介と帰ることになった。
駅までの道が遠く感じる。
まだお酒が残っててふわふわしている。
「…同じ方角?」
「うん。」
入社したての頃、どの辺りに住んでいるのかお互いに話した事があった。
「遅いし送ってくよ」
「ありがとう…」
何を話すでもなく静まり返った道をゆっくりと歩く。
駅から自宅まではそんなに離れていない。
10分も歩くと、借りている賃貸マンションが見えてきた。
「ありがとう、ここでいいから」
お礼を言ってからエントランスに入ろうとしたら、去り際に田崎涼介から手を掴まれた。

「…なあ、忘れられそう?」
どう言う意味で聞かれたのか、私には分かる。
英里奈先輩がいるから諦めろっていうのだろう…
「何で?」
「あいつの事忘れてほしいから」
「田崎には関係ないでしょ?」
「…けど俺の方が城山の事を大事にできる」
私に向けられた眼差しがいつもの田崎とは違って見えた。
「あの、それって…」
言い終わらない内に田崎の顔が近づいてきて、私の唇に触れて来た。
強引じゃなくて、ただ触れるだけの優しいキス。
優しく触れてから、ゆっくり段々と深くなっていく。
その行為が私の中の広瀬先輩への気持ちをふと軽くした。
英里奈先輩を応援したい気持ちと裏切れない気持ち、広瀬先輩を好きになってはいけない気持ちと忘れられない気持ちがグダグダで重くのしかかって、田崎のキスがそんな自分を救ってくれる感覚に襲われた。
少なくとも私に好意を持ってくれている田崎。
酒の席での雰囲気に流されてるのかもしれなかったけど、田崎とのキスは思ったよりも嫌じゃなくて、このまま流されて行ってもいいと思った。

唇が離れて、黙ったままお互いに手を繋いだ。
マンションのエレベーターに乗って、自分の家へと向かう。
鞄から自分の部屋の鍵を取り出して、ドアを開けた。
玄関に入ると、すぐに田崎涼介に後ろから抱きしめられた。

「……好きだ」

再び田崎の声が耳元に聞こえてきて、そのまま彼のキスを受け入れていく。
好きだと言う言葉に酔いしれていく自分。
ブレーキが掛からなくなって、田崎の気持ちに応えるかのように一夜を過ごす。
傷ついた私の気持ちを癒すように田崎涼介に愛されて、私の心は軽くなっていった。





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