包み愛~あなたの胸で眠らせて~
星野さんに置いていかれた私は、まだそこにいる広海くんに背を向けて受け取った黙々とカップを洗う。


「何か困っていること、あるの?」

「へ? ああ、困っていることね……特にないです」


何も話さないでいれば、彼も戻ってくれると思ったが、思い通りにはいかない。星野さんとの会話は『困ったことがあったら』の部分から聞いたようだ。

それより前を聞かれていなくて、よかった。


「何かあれば、なんでも言って。力になりたいと思うから」

「えっ……あ、うん。ありがとうございます」

「うん」

「あ、そうだ。あれ?」


頼まれていた作業を終えたことを伝えようして振り向いたが、広海くんは給湯室をいつの間にか出ていて、そこには誰もいなかった。

小さくため息をついて、念入りにカップを拭く。

きっと広海くんとなんの話をしても、それを誰かに見られたら噂になる。どうしたら、注目されずにいられるのだろう。

この日は仕事をしながら、何度もどうしたらいいかと考えたが、答えは出なかった。相談出来るなら相談したいけど、誰にも言えない。言って、嫌われるのは嫌だ。
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