不器用な殉愛

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌朝、いつものように施療院に顔を出す。シーツを新しいものに替え、汚れたものは洗濯籠に放り込んでいる時だった。患者の一人が声をかけてくる。

「昨日は、宴の準備で大変だったんだって?」

「え、ええ……まあ、そうかも」

「王妃様っていうのは——どんな人だった?」

「さあ、私の……いえ、私はほら、準備だけだから。宴の様子は見ていないの」

 実際には宴の真ん中にいたわけであるが、この患者にはそんなことを言えるはずもない。あいまいに笑ってごまかそうとしていたら、相手はなおも言葉を重ねてきた。

「王妃様っていうのは、この城を明け渡したんだろ? やっぱり、皆の前に姿を見せるのははばかられるのかね?」

「そんなの、わからないわ」

 自分がどこの誰であるのか、本当のことを知られたら、今、目の前にいるこの男の態度も変わるのだろう。

 それより、患者達の世話をする方が先決だ。シーツを替えるだけではなく、替えたらすぐに洗濯し、昼食の用意にかからなければ。その合間に薬を飲ませなければならない患者もいるし、包帯の巻きなおしも必要だ。

「ごめんなさいね、もう行かないと」

 籠を抱えて、急ぎ足にその場を立ち去ろうとすると、患者は声をかけてきた。

「俺、王妃様の顔、見たことがある——なあ、『アメリア』さん?」

「あ、あら……そうなの?」

 男の声音に、足が震えるのを自覚した。まさか、自分の顔を知っている者がここにいるとは思わなかった。
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