不器用な殉愛

 ディアヌの顔を知っているだけではなく、どうやらジゼルの顔も知っているようだ。男は顔を引きつらせると、すごすごと寝床に戻っていった。ジゼルの剣の腕がすさまじいということは知っていたのだろう。

「何がありました?」

「あの人——元、貴族だったのですって。父に追放されたとかではないかしら。私の素性を知られたくなかったら——城を出てからの生活を保障しろ、と。宝石を渡せと言われたけれど、陛下から預かりものなのに」

「そんなことできるはずありませんね——わかりました。私が、どうにかします」

 どうにかします、と言ってもジゼルにできることなんてほとんどないだろうに。

「——ジゼル? あの、その……」

「大丈夫、殺しはしません。これでも、修道院育ちですからね。やってはいけないことくらい心得ています」

 それならいいのだが——まさか、この施療院に『ディアヌ』の顔を知っている者が来るとは思っていなかった。

 せめてもの罪滅ぼしのつもりが、こんな厄介ごとになるなんて。ルディガーだって、想像していなかったに違いない。

「私、ここでの仕事も……やめた方がいいのではないかしら。だって、あの人が来たということは、他にも私の顔を知っている人がいるかもしれないもの」

「そんなこと、ありませんよ! とにかく、私がなんとかします。ディアヌ様は、お心を乱されませんように」

「ごめんなさい。迷惑をかけてしまうわね」

 ジゼルの忠誠を、当然と思ってはいけない。それは常に心にとめているつもりではあったが、こうした時にはつい、彼女に頼ってしまう。

 もっと——強くならなければ。

 

 ◇ ◇ ◇
< 140 / 183 >

この作品をシェア

pagetop