不器用な殉愛

 修道女見習いとして、施療院での仕事は明日も早朝から行わなくてはならない。今、自分に与えられている仕事はそちらなのだから、こんなところで過去の感慨にふけっている場合ではないのだ。

 身をひるがえし、広間から出ようとした時だった。かたりと音がしたような気がして、ジゼルと二人、顔を見合わせる。

「今、何か音がしなかった?」

「ええ……」

 気のせいだろうか。ジゼルと二人、きょろきょろと見回していたら、広間の壁がずずっと音を立てて横にずれた。

「姫様! お早く!」

 思わず昔の呼び方をしたジゼルが、ディアヌを広間の扉の方へと押しやる。ディアヌも存在を知らなかったのだが、この広間には抜け穴への道があったようだ。

 そんなところから、こんな夜中になって入り込んでくる人間が、味方のはずはない——だって、ルディガーもこの抜け穴の存在には気づいていなかっただろう。気づいていたなら、しっかりと塞いでいたはずだ。

「逃がすか!」

 ジュールの声と共に、カンッと音を立て、ジゼルが抜いた剣で何かを叩き落とす。床に叩き落されたものの方に目をやれば、そこに落ちていたのは短刀だった。

「——久しいな、わが妹よ。こんなところで会えるとは思ってもいなかった」

 妹だなんて思ったことは、一度もなかっただろうに、抜け穴から姿を現したジュールは、そう言って神経質な笑い声をあげた。
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