不埒な先生のいびつな溺愛
「……俺、アンタのこと知らねえんだけど」

突然馴れ馴れしくし出した私のことを怪訝な目で見ながら、久遠くんはそう言った。

せっかくこちらが楽しい話題を提供したのに、噂に聞いていたとおり愛想が悪い人だ、そう思うところだけれど、私には彼の言葉は別の意味に聞こえた。

『君は俺を知ってるのに、俺は知らなくてごめんね』『君は誰だか教えて』もしかして久遠くんは、そう言いたかったんじゃないか、と。

「そっか、ごめんね。文進クラスの秋原美和子って言います。久遠くんは有名だから知ってるよ」

「……あっそ」

“有名”だと言われるのは好きじゃないらしい。彼はさっさと本に目を戻し、開いて読み始めてしまった。

「有名って、頭が良いからって意味だよ?うちのクラスの子たちいつも騒いでるから」

「知らねえよ。どいつもこいつもそんな噂してる暇があるなら勉強すりゃいいだろ。そんなに勉強が好きなんだったら」

フォローをしたつもりがまた新たな地雷を踏んでしまったようだ。
しかし久遠くんの言い方にも腹が立つ。誰も勉強が好きなわけじゃない。皆必死になっているだけだ。

久遠くんにはわからないだろうけど。

さすがに私も不機嫌になり、単語帳に目を戻した。イライラして単語が頭に入ってこない。

彼に否定的な一人になりつつあった。

でも私はここで、絵里が言っていたことを思い出した。

『理進クラスは受験モードだから、さすがに士気が下がるって嫌がられてるっぽいよ』

ああそうか、だから久遠くんはここで本を読んでるんだ。
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