淡雪
「黒坂様こそ、武士なのによくここにいらっしゃるじゃないですか」
奈緒が言うと、黒坂は少し笑った。
「小槌屋に潰れて貰っちゃ困るんでな」
「信心深いんですね」
「冗談だよ」
軽口を叩く黒坂は、とても一太刀で熊のような豪傑を斬り伏せることができるようには見えない。
もっとも奈緒は斬られたという蔵宿師を見ていないので、実際はどんな男だったか知らないのだが。
---だけど、無頼浪人に対しても、全く怯まなかった---
奈緒が絡まれたとき、一瞬だったが刀を抜いた。
あのときの空気は、今とは全く違う。
男がとっとと逃げたから良かったものの、向かってきていたら即座に斬っていたのかもしれない。
「あの……。何だか父がご迷惑をかけているようで」
曖昧に言うと、す、と黒坂の顔から笑みが消えた。
「ああ……。まぁ……面倒くさい奴を連れてきたなぁ、とは思ったが」
「それがお仕事なんですよね?」
「まぁな。俺が出張った時点で、相手はああいう手合いを出してくるだろうことは予想してた」
「その方……今朝方斬られていたようですよ」
言おうか言うまいか迷ったが、口をついて言葉が出てしまった。
ひゅっと風が吹き、黒坂の目が奈緒を捕らえた。
白目の目立つ、鋭い目。
「……あなたが斬ったんですか?」
「ああ」
意外なほどあっさりと、黒坂が頷いた。
「よっぽど腹に据えかねてたんだろうよ。俺が小槌屋から出たところを尾けてきた」
「じゃあ、小槌屋さんに頼まれたわけではないんですね?」
念を押すように言うと、黒坂はきょとんとした。
「小槌屋は、そんな物騒なことは好まんよ。できるだけ穏便に済まそうとする人だ。前の話し合いでも、そっちの蔵宿師にビビッてたし。俺が向こうを煽るのも、必死で止めてたぜ。後でこっぴどく叱られた」
あはは、と内容にそぐわぬ明るい声を上げて、黒坂が笑う。
どうやら小槌屋は黒坂を宥め、父と良太郎は蔵宿師を止めていたようだ。
奈緒が言うと、黒坂は少し笑った。
「小槌屋に潰れて貰っちゃ困るんでな」
「信心深いんですね」
「冗談だよ」
軽口を叩く黒坂は、とても一太刀で熊のような豪傑を斬り伏せることができるようには見えない。
もっとも奈緒は斬られたという蔵宿師を見ていないので、実際はどんな男だったか知らないのだが。
---だけど、無頼浪人に対しても、全く怯まなかった---
奈緒が絡まれたとき、一瞬だったが刀を抜いた。
あのときの空気は、今とは全く違う。
男がとっとと逃げたから良かったものの、向かってきていたら即座に斬っていたのかもしれない。
「あの……。何だか父がご迷惑をかけているようで」
曖昧に言うと、す、と黒坂の顔から笑みが消えた。
「ああ……。まぁ……面倒くさい奴を連れてきたなぁ、とは思ったが」
「それがお仕事なんですよね?」
「まぁな。俺が出張った時点で、相手はああいう手合いを出してくるだろうことは予想してた」
「その方……今朝方斬られていたようですよ」
言おうか言うまいか迷ったが、口をついて言葉が出てしまった。
ひゅっと風が吹き、黒坂の目が奈緒を捕らえた。
白目の目立つ、鋭い目。
「……あなたが斬ったんですか?」
「ああ」
意外なほどあっさりと、黒坂が頷いた。
「よっぽど腹に据えかねてたんだろうよ。俺が小槌屋から出たところを尾けてきた」
「じゃあ、小槌屋さんに頼まれたわけではないんですね?」
念を押すように言うと、黒坂はきょとんとした。
「小槌屋は、そんな物騒なことは好まんよ。できるだけ穏便に済まそうとする人だ。前の話し合いでも、そっちの蔵宿師にビビッてたし。俺が向こうを煽るのも、必死で止めてたぜ。後でこっぴどく叱られた」
あはは、と内容にそぐわぬ明るい声を上げて、黒坂が笑う。
どうやら小槌屋は黒坂を宥め、父と良太郎は蔵宿師を止めていたようだ。