淡雪
「うっ……ぐぅっ……」

 奈緒の顔が苦悶に歪む。

「ひゃはは、堪らねぇ!」

 いきなり小太りが、己の袴の紐に手をかけた。
 苦しそうな奈緒の顔に、欲望を掻き立てられたようだ。
 その瞬間、男が足を思い切り蹴り上げた。

「汚ぇもん見せんな」

 冷たく言う男の足は、正確に小太りの股座にめり込んでいる。

「……っっ!!」

 己の足が浮くほどの勢いで金的を蹴り上げられた小太りは、声も出せない。
 脂汗を噴き出しながら、再び泥にまみれてのたうち回った。

「て、てめっ……」

 髭もじゃが、はっとしたときには、男は先程蹴り上げた足の下駄を素早く脱ぎ、それを髭もじゃ目掛けて放っていた。

「ぐがっ!」

 泥を飛ばして飛んだ下駄を顔に食らい、髭もじゃは後ろによろめく。
 だが顔を押さえて踏み止まった。

「てめぇっ! よくも……」

 威勢よく叫んだ髭もじゃの言葉が尻すぼみになる。
 目の前に、不気味に光る白刃が突き出されていたのだ。

「去ね」

 いつの間に間合いを詰めたのか、男が無表情で刀を突きつけている。
 髭もじゃのすぐ前には、まだ奈緒がいる。
 拘束は解けてしまったが、別に男が取り返しているわけでもない。

 手を伸ばせば再び女子を人質に取ることもできようが、髭もじゃはごくりと喉を鳴らすと、じりじりと後ずさった。
 十分間を取ってから、ぱっと身を翻して逃げていく。
 それを見、小太りも慌ててよろめきながらも何とか後を追っていった。
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